片道4秒の深海旅行を支えるJAMSTECの音響画像伝送技術

深海が宇宙よりも遠いと言われる理由のひとつは、「管制からの通信時差」が非常に長いこと。電波が通じない深海では音波で通信しています。

片道4秒の深海旅行を支えるJAMSTECの音響画像伝送技術

先週末(2015/04/18)JAMSTEC横浜研究所にて行われた、深海探査船しんかい6500による潜航パブリックビューイングを見てきました。

完成25周年になる しんかい6500の調査風景を洋上の母船「よこすか」からライブ中継するというものです。

衛星通信が発達した現在、海上にいる「よこすか」と交信すること自体にそれほどの驚きはないかも知れません。しかし電波も届かない深海の様子が居ながらにして見られるなんて、改めて考えると驚異的です。

音を使った水中ならではの伝送技術について、JAMSTECの大型スクリーンで眺めてたら色々と発見がありました。古くて新しい音波通信の個人的な印象をまとめておきます。

水中の通信で音を使う理由

水中では電磁波が非常に減衰しやすいので、一般的には音波を使って通信します。

電磁波の一種である可視光は例外的に水の中でもよく届きますが、それでもせいぜい200m程度です。『深海』の定義が海面下200m以深と定められているのも、太陽光が届かない200mを境にして生態系ががらっと変化するため

一方、水中でも遠くの音が良く伝わることは経験的に良く知られていて、後のソナー開発の動機となりました。

通信手段としての音と電波の違い

メチャクチャ雑な表現をすると、波としての電波は「小さくて速く」、音波は「大きくて遅い」性質があります。

伝播速度 波長
電波(空気中) 約30万Km/s 数十kHz~数GHz
電波(水中) 約22.5Km/s
音波(空気中) 340m/s 数kHz~数MHz
音波(水中) 約1.5Km/s

通信で多くの情報を詰め込むには、「波が速く伝播」かつ「波長が小さい」方が有利です。だけど深海には電波が届かない。音波を使うしかありません。

【追記:2016/05/22】伝播速度について小飼弾さんにご指摘頂きました。

60万倍ではなくて20万倍?というか音速だけでなくて光速も真空でなくて水中のそれ(だいたい22.5万km/s)を使うべきでは<@02320_ochi
2016年5月21日

当初、電波(真空中) vs 音波(水中)の比較を書いてたんですけど、確かに比較対象が不適切でした。電波と音波の表を空気中と水中の対比に変えています。

速い音速と遅い音速

母船「よこすか」と しんかい6500との交信は片道最大4秒・往復にして8秒かかるのだそうです。水中での音波は秒速1.5Kmですからね。

電波を使った地球と月の交信が往復4秒である事を考えると、ある意味 深海の方が秘境ということになるでしょう。

これを社会工学では「通信所要時間による距離カルトグラム的に、6000m級の深海は38万Kmの月よりも倍遠い」と言います。(多分)

ところで。

先の表で言う「音速」は、我々が知る「音速」と比べるとだいぶ印象が違います。一般的に我々が音速として認識している「マッハ1」は、秒速340mくらいですから、水中では空気中の5倍も速いことになりますね。

電波の場合は水中で遅くなるのに対し、音波は水中で速くなります(真空に対する空気の屈折率は 1.00029 、水中は 1.33 としました)。

仮に空気中で6㎞先に音声通信しようとしたら、往復で35秒もかかる計算になります。いくらなんでもこれでは会話になりません。水中の音波が速くて良かったですね…。:;(∩´﹏`∩);:

JAMSTECの音響伝送画像技術

…というところまでが前説で、ここからが本題でーす。(・∀・)/

通信が成功した時の音響伝送画像

その素敵な水中音波通信を使って「しんかい6500」から「よこすか」に伝送した画像が以下の写真です。

音響画像伝送技術による深海エビ

画質的には前世紀レベルといって良いでしょう。現行機材の性能が今ひとつ良く判らなかったのですが、JAMSTECの探査艇「うらしま」に積んだのと同型であれば 512*224 画素のはずです。(JAMSTEC広報誌 BlueEarth 2001年11・12月号7ページより)

ただし音波は様々な外的要因によってノイズが乗るので、必ずしも安定的な通信が行われるわけではありません。

通信が失敗した時に表示される謎のブロック

しんかい6500からの通信失敗画像

通信がうまくいかないと謎のブロックが表示されます。(左上の枠内は編集で合成された母船の様子。しんかいからの生データではありません。)

そしてこのブロック、よく見ると横32ユニットあるんですね。横32ユニットが上下2ラインセットで15回走査してます。2回のスキャンで大体1秒のペース。

JAMSTECの音響画像伝送技術の解説

ただし一番下まで行ってから一番上に戻る時、コンマ5秒ほどのタイムラグがあります。(文末の動画参照)…ということは、1ライン画面外で見えてない or パリティ(誤り検出用のメタデータ)に使われている可能性も考えられます。

いずれにせよ1画面は1000ユニット前後で構成されてることになるでしょう。

一方、JAMSTEC土屋利雄氏のサイトによると通信に用いられる周波数は8kHzとありました。

…ということは、単純計算で1ユニットが3bitで出来てるということになりますね。…この1ユニットの容量がたったの3bit?…嘘でしょう!? Σ(゜Д゜;)

8*8ではないイレギュラーなサイズで圧縮している?

もちろん、いくら何でもこれだけの情報が3bitで送れるはずはありません。

各所の記載によるとこの画像は標準形式のJPEGらしいので、離散コサイン変換で圧縮されてるはずです。別のいい方をすると「隣あうドット同士は大差ないことが多いだろう」という期待によって画像を数値化する仕組みです。

フーリエ変換とJPEG圧縮の仕組み

JPEG圧縮の仕組みは知らなくても良いんですけど、こちらのスライドが非常に判りやすいです。

で。

一般的なJPEG圧縮は 8*8 ドットを1ユニットとして計算するのですが、「 512*224 画素というスペック情報」と「現実に見えている 32*15 ユニットの描画」を見てると(8*8ではない)変則的なサイズで量子化しているのではないか?と思えてきます。

更に1セッションで描画される2ラインの表示に時差があることも読み取れます。JPEGと言えば斜めの画素同士を評価していく特徴がありますから、この大きなユニットも更に再圧縮をかけてる予感がするんですよね。本当のところはどうなんでしょう?

音声伝送技術のデコード方向

音響伝送画像技術の考察

現在の通信環境からすると、8kHz という波に載るデータ量は本当に微々たる分量です。そこで画像圧縮だけでなくQAM変調を使って複数の位相を持たせ、単位時間当たりの情報量もあげてると推察されます。

こんなに詰め込んで大丈夫なのかなって思いつつ、大丈夫じゃないから少なからず取りこぼすんでしょうね。時間軸方向を使ってエラーを訂正しようと思っても、8秒ごとの静止画じゃ絵面が連続してる保証もないわけですし。

しかし減衰に強い音波も、周波数が高くなり深いところに潜るほどエラーが出やすくなるわけですから、設計は困難の連続だったに違いありません。

実際、今回の中継は伝送エラーが非常に多く正直まともに映った映像はそれほど多くありません。ただ、ある意味宇宙より遠い深海の生データなので感慨深かったわけです。ほんと胸が熱くなりますね…。(´ω`*)

しんかい6500完成25周年記念PV行ってきました

…というわけで、しんかい6500完成25周年記念潜航パブリックビューイングに行ってきたご報告(?)でした。

わざわざ会場まで行ったにも関わらず、中継技術について考え出したら面白くて止まらなくなっちゃって本編そっちのけで考え込んでたのは内緒です。(;・`д・´)

肝心の特別講義がうろ覚えっていう良くわかんない状況ながら知り合いにも会えてオフ会みたいで楽しかったんで、個人的には満足です!

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同日イベントのサイエンス寄りな感想です。

欲を言えば私の推察よりも専門家による実況のほうが正確に決まってるので、運営の皆さまにおかれましては宜しくご検討頂ければ幸いです!(・∀・)

参考資料

海の中は音の世界4 – 海洋音響/水中音響研究
深海巡航探査機「うらしま」 – JAMSTEC
【PDF】広帯域音源を用いた海中での高速ディジタル伝送に関する研究

深海に挑む 堀田宏

深海における音響技術について。深海底研究に尽力された方です。