ジャーマンアイリスで最も有名な無名品種インディアンチーフの歴史

ジャーマンアイリスで最も普及してる品種のひとつ'インディアンチーフ'の歴史です。なんと90年も前に作出されてるんですね。

ジャーマンアイリスで最も有名な無名品種インディアンチーフの歴史

花菖蒲・カキツバタ・シャガをはじめとして、古くから日本庭園で親しまれてきたアヤメ類。

庭が洋風化した現在では、西洋種アイリスを見かける機会がぐっと増えました。中でも華やかなジャーマンアイリスは高い人気があります。

毎年いくつもの新品種が作出されており、希少品種は一株数千円という高値が付くことも。

その一方で古くから国内に普及した古参のジャーマンアイリスはほとんど品種名が忘れ去られてしまいました。
 
でも、裏話を掘り下げると面白んですよ。

ジャーマンアイリスとは

ジャーマンアイリス(Iris germanica)はアヤメ科アヤメ属の園芸品種群です。

ドイツで系統が確立し、やがてアメリカで品種改良が進みました。

池のほとりで咲くカキツバタや花菖蒲のイメージで、しばしば北側に植わってるお庭を見かけますが、日当たりのよい乾燥地を好みます。

人気を支えるダイクスメダル

膨大な品種群の中から好みのジャーマンアイリスを探すため、有力なガイドとなるのがダイクスメダルです。

ダイクスメダル(Dykes Memorial Medal 通称DM賞)とはジャーマンアイリスの育種に尽力したウィリアム・ダイクス氏の功績を記念して設けられた賞で、米アイリス協会(American Iris Society 通称AIS)により授与されています。

良い品種が作出されたからと言ってすぐ授与されるものではなく、何年にも渡って安定した市場価値を獲得し続けなければ受章資格がありません。

受章花が年に1品種ということもあり、DM受章花は数あるジャーマンアイリスの中でもかなり特別な存在として受け止められています。

  • HM賞・・・新品種の中から良花に与えられる注目賞(Honorable Mention)
  • AM賞・・・HM賞受賞から5年間で高い評価を得た12品種に与えられる賞(Award of Merit)
  • DM賞・・・AM賞受賞から2年以上経た花のうち1品種だけが選ばれる最高位の賞(Dykes Memorial Medal)

二大・無名ジャーマンアイリス

ジャーマンアイリス インディアンチーフとヘレン・コリンウッド

日本で古くから育てられてるジャーマンアイリスのうち、二大巨頭が’インディアンチーフ’と’ヘレン・コリングウッド’じゃないでしょうか。

各地のお庭で普通に見かけますけど、品種名まで認識されていることはほとんどないと思います。

まだジャーマンアイリスが「ドイツアヤメ」と呼ばれてた頃に普及したものなので、品種名もなしに売られていた名残なのでしょう。

あまりにありふれてるためか店頭ではあまり見かけません。よく見る割に売ってないという少し不思議な品種です。

ジャーマンアイリス’インディアンチーフ’

日本で育てられているジャーマンアイリスのうち、最もよく見かける品種がインディアンチーフだと思います。

ワインレッド系ジャーマンアイリスを代表する園芸品種の一つで、育てやすさとニュアンスのある色あいから欧米でも安定した人気があるようです。

‘インディアンチーフ’基礎データ

Iris ‘Indian Chief’
品種名 インディアンチーフ
作出年 1929
登録者 Ayres
花型 トールベアデッド(TB)バイカラー
交配親 Cardinal X Unknown

Iris ‘Indian Chief’ in the Irises Database

‘ドーントレス’との混同

‘インディアンチーフ’と最も間違えやすい品種が’ドーントレス’でしょう。ダイクスメダル最初期である1929年の受章花で、後に交配親としても活躍しました。

ジャーマンアイリス ドーントレス dauntless iris – Google 検索

色味から Dawn trace と思いきや、綴りは Dauntless(豪胆な・不屈の)です。

全体にドーントレスはインディアンチーフよりも赤みが強いものの、素人目に両者の区別はほとんどつきません。

検索結果を見ても両者は混同されているようですし、海外の園芸フォーラムでもしばしば「このアイリス、インディアンチーフとドーントレスどっちだと思う?」というようなスレッドが立ちます。(しかも写真越しだとわかりにくいから映り込んだ別の花に話題が移って結論がつかなかったりする始末。)

交配親が’Cardinal’

実はインディアンチーフもドーントレスも交配親は同じ’Cardinal’です。似ているのは当然かもしれません。

‘カーディナル’は、その名の通り枢機卿がまとうような深い紅色が印象的。

ジャーマンアイリス カーディナル Iris ‘Cardinal’ – Google 検索

しかも’Cardinal’が作出されたのは1919年というのだから驚きです。

ダイクスメダル受章花

1927年に登録されたドーントレスは1929年のダイクスメダルを受賞しましたが、その1929年に登録されたのがインディアンチーフです。誕生はたった2年しか違わなかったんですね。

冒頭で「ダイクスメダルを受章するには時間がかかる」と書きましたが、設立された初期のダイクスメダルは登録されたばかりのアイリスにも授与されました。登録後7年を要するようになったのは設立から50年近くも後のことです。

真偽のほどはわかりませんが、海外のサイトでは「ドーントレスはインディアンチーフと直接対決の上で競り勝った」という記述も見かけます。

1800年代から続く初期のジャーマンアイリス史を眺めるとワインレッド系(とスカイブルー系)の品種がとても多く、ドーントレス作出後もドーントレスを交配親とする赤花のDM受章が10年ほど続いています。
AIS Dyks Memorial Medal
【PDF】マイケル・フォスター卿とウィリアム・ダイクス
【PDF】外国産アイリス属などの参入と反響、明治から戦前まで

日本におけるジャーマンアイリスの導入

ジャーマンアイリスが日本に導入されたのは明治期、1900年前後のことだといいます。

ただし乾燥を好むジャーマンアイリスにとって日本の気候は厳しく、爆発的な普及には至りませんでした。

戦後やその後の度重なる小ブームを経て、いくつかの品種が日本の風土に根を下ろすことになります。それがインディアンチーフや白x紫のコリングウッドです。

ジャーマンアイリス インディアンチーフとヘレン・コリンウッド

これらの品種は今や日本におけるジャーマンアイリスの代名詞のようになりました。

ちなみに’ヘレン・コリングウッド’は1949年作出、HM’50/AM’52の受章花で、こちらもなかなかの名花です。

世界のアイリス―花菖蒲・ジャーマンアイリス・原種
アイリス史は日本花菖蒲協会・椎野昌宏氏の著述がおすすめ。

おわりに

そんなわけで端午の節句にちなんだ(?)ジャーマンアイリスの色々でした。

審美性を求めるあまり香りを失った園芸植物も多いなか、ジャーマンアイリスは芳香性品種の多さが魅力だと思います。切り花にしても次々咲くし、外で咲かせるより大輪が映えるのでお部屋に飾ると気分が相当盛り上がります。

混んでくると花つきが悪くなるので3年に1度くらい株分けします。あとは放ったらかしでOK。

ちなみに「インディアンチーフ」といえば大型バイク、「コリングウッド」といえば装甲艦、「ドーントレス」といえば艦上爆撃機の名前としても知られてますね。

古い園芸品種名って、結構勇ましい名前のものが多かったりします。特に赤花。

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