栗の花の香は一種独特の臭みがあることから、猥談の定番トピックスになってます。
その栗の花の芳香成分が人の精液に由来するスペルミンだというのは長らくインターネットでの定説とされていました。
私もずっとそうだと信じてたんですけど、化学の先生から待ったがかかっていろいろご教示いただいたので記録しておきます。
どうやら、クリの花の香気成分はスペルミンじゃなくて不飽和アルデヒドみたいですよ。
栗の花の匂い成分
栗の花の芳香成分についてネット検索すると、あちこちに「栗の花が臭いのはスペルミンの分解生成物が含まれるから」と書かれてます。
スペルミンは精液に多く含まれ、特有の臭気の元となる化合物です。昔から両者の匂いは似てると言われており、私もすっかりそう言うものだと思い込んでました。
そこで「栗の花から採ったハチミツが臭いのはスペルミンのせい」と書いたところ、化学がご専門の 山猫だぶ先生から訂正が入りました。
あれ?前に栗の花の臭い成分を調べてたら、不飽和のアルデヒドだって中国の論文のアブストラクトに出てきて、そうだとずっと思ってたんですが(本文が読めなかった)、新しい論文出ました?
https://twitter.com/fluor_doublet/status/711471271926607872
すみません、論文にまでは当たってません。俗説だとスペルミンの分解生成物と言うことになってるので信用してしまいました。ちょっと調べなおしてみます。
https://twitter.com/02320_ochi/status/711472649633931264
今月もやらかしました…。(◞‸◟)
栗の花の香気成分は不飽和アルデヒド
ご教示いただいた資料を読んでみました。
以下の論文は栗の花から水蒸気蒸留法により抽出した精油に関する分析です。10種のエステルをはじめ、4種のアルコールと9種のアルデヒドを含む計28種類の成分が検出されたとあります。
Extraction of aroma components in chestnut flower and its application–《Journal of Hebei University of Science and Technology》(2011.04)
ぱっと見(=斜め読み未満)だとアセトフェノン (acetophenone C6H5COCH3)が多いように見えるのですが…?
中国論文はわりとマジメそうで、しかも2011 年なので、まぁ、栗の花の臭い成分は複雑なアルデヒド、ケトン、エステルの混じりで、そしてアルデヒドの寄与が大きい、とふんだのです。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/711477151724281856
いま色々見てるんですが、栗ハチミツで検索するとアセトフェノン類の記述が多いようです。
https://twitter.com/02320_ochi/status/711478886857506816
アセトフェノン、中国論文には栗の花の臭気成分の一つとして入ってますね。ただこの書き方だと無置換なんですよね。いろんな情報に当たって思うのは、栗の花の臭いはアミン類ではなく、カルボニル化合物なんでしょうね。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/711480826416869376
そうですか。確かに分量の多い物質が一番臭いとは限らない…みたいな要因もありそうです。有機化学はむつかしい…。
ひとまず論文中にスペルミンやそれに類するポリアミンといった言葉が一切出てこなかったことを確認しました。
栗ハチミツの匂い成分
栗の花だけでなく、栗ハチミツに関する論文も探してみました。
栗ハチミツの揮発成分
以下は栗ハチミツの揮発性香気成分に関するガスクロマトグラフィー分析です。
この分析結果は先ほどの水蒸気蒸留法より成分の種類が増えてます。検出された栗の花の香気成分は64種類、ハチミツが41種類とのこと。
Volatile Flavor Components of Chestnut Honey Produced in Korea (1998)
本文読んでないので何ともですけど、概要を見た感じは最初の論文と似たような印象を受けました。その他にもそれらしい論文を探して概要を斜め読みしましたが、栗の花の芳香成分に関してスペルミンに言及してる記述は見当たりません。
土地ごとに異なるハチミツの風味
以下の論文は、ハチミツにもテロワール(土地ごとの風味の違い)があるとする研究です。栗ハチミツに関する具体的な香り成分の話じゃないのですが、ちょっと目を引いたので載せておきます。
蜂蜜の地理的起源は、その揮発成分に影響を与えうる。炭水化物やフェノール化合物、有機化合物などの蓄積は、気候条件や土壌特性などの要因に依存しているためだ。したがって違う国から得た蜂蜜は、組成が異なると考えるのが極めて妥当だ。例えば、スペインの各地方より産出される栗ハチミツには揮発成分および官能特性に有意差があった。
3.1. Determination of Floral and Geographical Origin of Honey 章より おち抄訳
Volatile Compounds in Honey: A Review on Their Involvement in Aroma, Botanical Origin Determination and Potential Biomedical Activities
同じ植物から採蜜するのだから基本的には似たような香りなんでしょうけど、産地によって同じ花のハチミツでもアロマに差があるのは経験的に知られています。それを化学分析により明らかにしていこうという内容でした。
具体的には「蜂蜜の産地偽装を科学的に暴露しよう」という研究みたいです。科学捜査官っぽくてカッコイイ!(・∀・)
栗の花とスペルミンの関係
栗の花の匂い成分は思っていたより複雑で、一言で「これ!」と表せるようなものではないのかも。
じゃぁスペルミンはどこから出てきたのかなーと思ってまたいろいろ探したら、栗がつぼみに分化していく過程でスペルミンが重要な役割をしているという論文を見つけました。
(発芽して)少し成長した後の内因性スペルミジンとスペルミンの含有量は急速に高いレベルまで増加しました。雄花と雌花に花芽分化する期間中、スペルミジンの量は最大に、スペルミンは最小でした。外因性ポリアミンを適用すると雌花分化が有意に阻害され、外因性のスペルミジンは雌花の分化を促進しました。
アブストラクトより おち抄訳
Relationship between Floral Sex Differentiation and Polyamines in Chestnut–《Journal of Hebei Agricultural Sciences》2005.04
スペルミジンとはスペルミンとセットで語られることが多い物質です。
ほんの少量のスペルミジン-スペルミンは、多くの動植物のいろんなところで鍵化合物として動いてるのが面白いですよね。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/711486918551179264
動物と植物では大きく生理が異なるにも関わらず、スペルミンは双方で重要な働きを持つんですね。
とりあえず栗とスペルミンで検索したとき、雄花の花芽形成に深い関わりがあるという話が一番上に来たので個人的には満足です!(⊙Д⊙)
エピローグ:真夜中の有機化学
そんなわけで栗の花の匂いについてあれこれ伺っていたわけですけれども。
ずばり、スペルマの臭いを人間に感じさせるのは、-CH2CH2N= のユニットで、この部分構造を持っている低分子量アミンは、多かれ少なかれ、アレの臭いがします。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/711488393738256384
ほほぅ。
…あ!そういえば この流れ見たことある!( ・`д・´)
論文を読んだら、栗の花の臭いは、低級の不飽和アルデヒドによる臭いらしいのです。スペルミンは CH2CH2N のユニットが臭うんですよね。このユニットが入っている低級アミンは、みんなくさい。 – 2014年5月14日
https://twitter.com/fluor_doublet/status/466455767764467712
ちなみに女性のバジャイナの臭いは、細菌で分泌物が分解してできたトリメチルアミンの臭いだと言いますね。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/466458996220911616
両方、アミンだねえ。可愛いフリしてあの子わりとやるもんだね、と。
https://twitter.com/fluor_doublet/status/466459382189154304
2年前にも同じ話を読んでたのにすっかり忘れてました、すみません。でも今度こそ覚えましたのです!\\\\ ٩( ‘ω’ )و ////
…というわけで、インターネッツでまことしやかに語られている「栗の花の香気成分はスペルミンじゃない」というお話でした!
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