Abstruse Goose | World View【全玄鴻 creativecommonsBY-NC3.0】
「科学者の目には世界がこんな風に見えている」っていう有名な絵があって、その能力を非理系の人が身につけたらどうなるかな、と思ったおとぎ話。
プロローグ
起きたら突然視界が数式だらけになっていた。
なにを言ってるか判らないと思うけど、目に映るもの全てにいろんな数式が重なって見えるの。それぞれの数式は近くにある物の性質を表しているみたい。
学生時代は数学で平均点なんてめったにいかなかったし、どちらかというと苦手なほうだったのに。右見ても左見ても難しそうな数式がどばーっと出てきてほんと全然意味わかんない。
目がチカチカするし頭いたい。このままずっと治らなかったらどうしよう~!! ><
世界は数式に溢れている
V = 2π2r2R
カフェで頼んだモーニングセットのドーナツに書いてあった。
朝食を作る気になれなくて外へ出た結果がこれだ。起きてからと言うものの、あらゆる物体に数式が見えていたのでこうなることは予期していたけど、やはり実際に見ると気が滅入る。
いっそ学生時代にこの数学力があれば、天才少女と呼ばれてたかも知れないけどね。
そう思いかけて首を横に振った。見えるのは式だけで、答えは自力で計算しないとダメみたいだし。そもそも、読めない記号もたくさんあるんだよね。こっちのお皿に書いてある「∫」って一体何だっけ?
半ばやけくそ気分になって大口を開けてドーナツに噛みつくと、波状の歯形で切り取られた不格好な残骸が手元に残った。あれ、でもちょっと待って。表面の文字がさっきよりも薄くなっているみたい。ぱちくりしながら眺めているうちに式はすっかり見えなくなってしまった。
「字が消えた…」
あれ、こんな簡単に消えちゃうの?まだ他にも式は見えてるけど、多分これは世界を元に戻すための重要な足がかりなんだと思う。うまくやればまた昨日までの視界に戻るはず。思わず笑いがこみ上げてきて、コーヒーを飲むフリしてカップの縁で口元を隠した。そうよ、こんな変な世界からは早く抜け出さないと。
目の前にあるのは食べかけのドーナツが一つ。だけど今の私にとっては正常な世界へと導く唯一の希望の星でもある。
「どうか元の世界に戻れますように」
私はその輝ける星に小さな声で祈りを捧げた。歯形に沿って、サイン・コサインが出てくるまでは。
XYZ = 絶体絶命
「はぁ-、気を取り直して仕事しよ。」
職場は郊外にある大型ホームセンターだ。主にガーデニングコーナーを担当している。仕入れ台帳にざっと目を通して、いつものようにぱたんと閉じる。
V = x・y・z
その模様が台帳の体積を示しているらしいと気付くまでに、2回半ほど首をかしげた。私の数学力など、しょせんその程度だ。まさに宝の持ち腐れってやつ。どう考えても他の誰かに引き取って貰った方がよほど役に立つと思う。
X・Y・Zといえば、「もう次はない」「これでおしまい」という意味の有名なカクテルがあるけど、今夜はあれを飲んで寝てしまおう。明日になったらこの意味不明な世界が終わりになって…くれると…いいんだけどなぁぁぁぁぁぁぁ。(溜息)
フィボナッチ数列
花苗の陳列コーナーに出てみて言葉を失った。コンテナに整然と並んだ草花から広がる光景はまさに数字の大海原だ。
0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181, 6765, 10946, …
何だろう、これは。
売り場全体を覆い尽くす数字の羅列をかき分けるようにして進んでいくと、ヒマワリ苗のケースから壊れた蛇口みたいに数字があふれ出している。
Fn+2 = Fn + Fn+1
近づいてよく見ると、呼吸するようにくるくると押し出される数字のうねり。しばらく観察するうちに、一連の数字は隣り合う数字をどんどん足して出来た数字群であることを理解した。
でも、どうしてその数字が出てくるのかが全然判らない。何百とあるヒマワリ苗から押し出される、おびただしい量の数字は圧倒的に偏っていた。ざっと見る限り「21, 34, 55, 89」がほとんどで、ところどころ13や144が拾えるくらい。
私に判ることと言ったら、ヒマワリから出てくる数字は主に花芯の条数を示していること、その組み合わせは売り場全体を支配する0, 1, 1, 2, 3, 5, 8, 13, 21, 34, 55, 89, 144, 233, 377, 610, 987, 1597, 2584, 4181, 6765, 10946 …の一部だということくらい。
ここで咲いてるのは全てコンテナ用の小輪品種だけど、地植えの大きなヒマワリも同じなんだろうか。これは帰りに近所のお庭をチェックする必要があるかも。
フラクタルと相似性
開店を待つあいだ、敷地内の植え込みに水をやりに行くことにした。売れ残った花材で小さなボーダーガーデンを作ってみたら、ことのほか売り上げに繋がったので自分でも気に入っている。
売り場では地味なシダ植物だって、下草として植えれば名脇役なのだ。
意味不明の数式は、植物の種類や部位によって何となく傾向があるような気がする。共通性があるもの、ないもの、いろいろ。
フィボナッチ数を内包したフラクタル
そうこうするうちに、ふとロマネスコの事が気になった。ロマネスコとは、数年前に海外から広まったブロッコリーのことだ。とても変わった形をしているので、きっと見た事もないような数式で出来ているに違いない。
私は、いそいそと野菜苗のコーナーへ足を向けた。
だけど、その期待はすぐに失望へと変わった。予想に反してシダと同じような式ばかりが並んでいたからだ。それどころかヒマワリのところで見た式まである。
他に同じ構造が観察できたのは観賞用パイナップルやジャガイモの種芋。あと雑貨コーナーの松ぼっくりやコピー用紙などなど。
それぞれ全然違う形なのに共通の要素があるなんて信じられない。実はこの式って間違って見えてるんじゃないのかなぁ…。
バラ曲線(Rose Curve)
そうこうするうちに市場から切り花が届いた。
切り花の下処理は見た目の華やかさに比して大変な作業だ。特にバラは容赦なくトゲが突き刺さるので、一通り作業が終わると本当にほっとする。
r = a・sin(nθ)
気付けばまたなにやら別の式が表れていた。
File:Rose-rhodonea-curve-7×9-chart-improved.svg – Wikimedia Commons
スプレーマム、ダリア、コスモス…。全部キクの仲間と似てる気がする。
後に私はこのグラフがバラ曲線と呼ばれてる事を知るのだけど、いっそのことキク曲線って名前の方が自然じゃないかと今だに思う。
放物線と焦点
秋植え球根の売り場設営をしていたら、珍しく馴染みのある数式を見つけた。
y = x2
放物線だ。数学が苦手だったとは言っても、中学で最初の頃に習ったからこれは判る。チューリップのようなカップ咲きの花が、物を放り投げた線と同じカーブを描くだなんて。
ちょっと信じられないけど、言われてみれば確かにそんな気もする。なにか意味があるのかなぁと思いながら球根を並べていたら、視界の端に放物線の式がチラリと見えた。
思わずそちらに顔を向けると、相手も私の動きに気付いたようだ。家電売り場の同僚だった。何か用かと聞いてくるので、台車に積んでる商品が目に留まったから、と曖昧な返事でお茶を濁した。
問題の商品は衛星放送のパラボラアンテナだった。うっかり関心のあるそぶりを見せたら性能についての演説を一通り聴く羽目になったが、思わぬ収穫もたくさんあった。
パラボラってそもそも放物線って意味なのね。
放物線には凹面鏡のように受けた信号を一点に集める性質があるらしい。だからアンテナになるのだと。
一方、花は太陽の光を受けて育つ。その花びらが放物線になっている。花にとって光を集めて困ることはないだろう。なるほど、自然って良く出来てるのだなぁ。
空になった段ボールを店舗裏まで捨てに行く途中、キッチン用品の棚の迷路で中華鍋にも同じ式を見た。…もしかして、これもそうなの?
右手で鍋を模したカーブを作り、少し浮かせたところに拳を置いてみる。試しに右手を前後に振ってみる。脳内で炒め物が宙を舞い、ぱらぱらと落ちて左手に当たる。
そのとき突然ひらめいてしまった。チューリップが集めた光はきっと花の中を暖めるんだ。そういえば、物語の親指姫は確か生まれたままの姿をしていた。チューリップの産地はたいていすごく寒いのに、なにも着てないなんてあまりに不自然だって長いことずっと思ってた。
うん、事実かどうかは判らないけど、そう考えれば全部つじつまが合う。
そういえば、さっき外で見た式はどれとどれが同じだったっけ?全然違う形をしてるものが同じ仕組みで作られてたら、それこそ本当にすごくない?
気がつけば視界に漂う数式は全く気にならなくなっていた。むしろ、力が残れば良いという気持ちのほうがどんどん強くなっていた。
私は持っていた段ボールをゴミ捨て場のラックに押し込んで、自分の持ち場に向かってきびすを返した。
おわりに
ちなみに理系だけど、全然数式見えません。\(^o^)/暗算も全然出来ないし。
どっちかというと理系ビューはPowers of Tenだと思います。何かのスイッチが入ったときに、一瞬で意識が宇宙の彼方に飛んでいったり細胞の中に入り込んだり出来るようになります(よね?)
学校の勉強わりと役に立つので、数学がつまらないと思ったら、教え上手の先生に乗り換えたら良いんじゃないかと思います。(^^
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