めんつゆの濃淡は本当に糸魚川構造線で切り替わっているか?

めんつゆにおける濃口/薄口の境界が糸魚川構造線であるという定説に異論を唱えたい

めんつゆの濃淡は本当に糸魚川構造線で切り替わっているか?

めんつゆ・だしつゆは地域ごとに固有の成分特性を持っていることが知られている。だし組成に由来するつゆ色の濃淡は、東西それぞれ目で見てわかるほどの違いがある。

本稿では、だしつゆ組成を分かつ構造境界と、それらの水質に依存した生態系について考察してみたい。

地下資源としてのめんつゆ

地球上に存在する約13億5000万立方トンの水分のうち、塩分を含まない淡水の割合はわずか2.5%である。すなわち残りの97.5%が海水と言われているわけだが、正確に言うとこれは誤りだ。

なぜならイスラエルの死海に代表されるような塩湖、あるいは温泉地などには「淡水でも海水でもない水」が存在しているからである。こうした液体を総称するなら鹹水(かんすい)と呼ぶのが適切だろう。

つまり何らかのミネラルを溶かし込んだ液体の総称が「鹹水」であり、その下位分類に海水や温泉水やめんつゆがある。

各天体の水存在比 地球とエウロパとタイタン

天体ごとの総水量を可視化した図。めんつゆもこの小球に含まれる。/ PHL, NASA【CC BY-NC-SA】

高松空港のうどんだし蛇口

香川・高松空港には、讃岐うどん専用の「だしつゆ蛇口」がある。かの地では、読んで字のごとく、蛇口をひねるだけで うどんつゆが手に入る。

これは、うどん県の地下に豊富なめんつゆ水脈が存在することを示唆している。

だしつゆ境界

だしつゆの色味は、西日本で薄く東日本へ行くにつれ色が濃くなる傾向が知られている。このとき濃淡の境界として糸魚川-静岡構造線を挙げる者が多いのだが、これには多少の誤解がある。

実際に東海道沿いで味付け境界を調査すると、糸魚川線よりも西寄りに修正されることがほとんどだ。

糸魚川-静岡構造線

糸魚川構造線と中央構造線

糸魚川静岡構造線、あるいはフォッサマグナの西端。地理や地学の講義で聞いた覚えもあるだろう、日本を東西に分かつ本邦最大級の大断層である。単に地質学上の区分のみならず、モグラやホタルなど生物学における生息境界としての意味を持つ。

だしつゆ学的に「JR東海道線における糸魚川静岡構造線の交点」は静岡・掛川周辺ということになるが、この辺りで親しまれる「掛川おでん」のつゆはかなり黒いことで有名だ。

さらに西の愛知に入ると若干だしの色は薄くなるが、名古屋きしめんを見る限り決して薄いとは言いがたい。

めんつゆ濃度境界を定める複数の先行研究にならえば、東海道沿線のだしつゆ境界は滋賀と岐阜の県境付近とするのが妥当である。(タモリ倶楽部, 2000.12.22 / 所さんの目がテン, 2001.10.28)
大阪うどん うす味の謎 – 所さんの目がテン!

では、この愛知周辺における段階的な薄口傾向は何を意味するのだろうか。それには中央構造線と領家変成帯について考える必要がある。

中央構造線

西日本を貫く中央構造線 / 四国北部から紀伊半島にかけて延びる平野部がそれ

中央構造線と領家変成帯

中央構造線も地理や地学でおなじみの大断層だ。糸魚川構造線が本州を東西に二分しているのに対して、中央構造線は列島を南北に分断している。

この中央構造線の北側には、領家変成帯と呼ばれる古い地層帯が広がっている。実はこの領家変成帯には独自のうどん文化を持つ地域が集中しているのだが、両者の関係を指摘する声は少ない(Ochi, 2018)。

糸魚川構造線と中央構造線

領家帯のうどん文化圏としては、名古屋のきしめん・三重の伊勢うどん・大阪・讃岐・長崎の五島うどんなどが挙げられる。

一般にうどん文化圏は西日本の印象が強いと思うが、北関東の存在も忘れてはならない。埼玉から群馬にかけては、全国で5指に入るうどんの生産消費地だからだ。

そしてその北関東一帯も、地質的に言うと領家帯と地続きなのである。改めて領家変成帯=うどんゾーン説を提唱したい。

第三紀めんつゆ層

領家変成帯が作られたのはジュラ紀から白亜紀にかけて、いわゆる恐竜時代とされる中生代だ。その後 k-t境界を経た第三紀より日本列島は劇的な変動を遂げることとなる。

やがて中央日本を形成するフォッサマグナに、後の濃口めんつゆ基層が作られた。第三紀以降に卓越したこの濃口めんつゆ層の存在によって、愛知周辺でつゆの色が段階的に変化する理由も容易に説明できる。

中央構造線は、近接するフィリピン海プレートの沈み込み圧力を受けて深部にいくほど北側に食い込んでいる。つまり同じ深さの井戸を掘った場合、中央構造線を挟んで違うめんつゆ層に到達するというわけだ。

中央構造線の北側では薄口めんつゆ層、南側では濃口めんつゆ層が現れ、愛知周辺では両方のつゆが手に入る。

第三紀めんつゆ層

天下分け目のめんつゆ抗争

以上より、日本各地に産出するめんつゆは、列島形成の歴史を色濃く映す地球史そのものであると言える。

地域によって固有の香りを持つめんつゆは、長い年月をかけてヒトの行動にも強い影響をもたらした。こんにちヒトは成長とともに広域回遊する性質を獲得したが、最終的に多くのヒトが故郷のめんつゆに戻ることが確認されている。

生まれ育っためんつゆ水系に反応を示さない個体は、全体から見るとむしろごく少数と言って良い。

また、東西のめんつゆ境界が滋賀-岐阜の県境にあるのも象徴的である。このめんつゆ境界は、近畿と中部地方の境界であると同時に関ヶ原の古戦場跡地でもあるからだ。

めんつゆ構造線とは、すなわち天下の分け目そのものなのである。

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