台風のとき海に近寄ってはいけない理由。
高波が起きて風が強いから危険…と頭で判っていても、なかなか実感しにくいと思います。でも台風の何が怖いかというと、海面自体がいつもより高くなってるから。大型台風の時は1m近く水位がせり上がるといいます。
それに加えて満潮と重なると、もっと周辺の海水が増えます。さらに地形条件次第では、思いも寄らない高潮が襲ってくることも。
吸い上げ効果の原理
低気圧の海面上昇効果を「吸い上げ効果」と言います。気象庁のサイトにも書かれてますが、1ヘクトパスカル(hPa)気圧が下がるごとに潮位が1cm程度上昇します。
気象庁 | 潮汐・海面水位の知識 高潮
「ほんとかよ!?」って感じですが、ここで思い出すのはトリチェリの水銀柱実験でしょう。
トリチェリの水銀柱から吸い上げ効果を考える
水銀の入った水槽に片側が閉じた試験管のような管を沈め、閉じた方を持ち上げると76cmの高さまで水銀が押し上げられる…という教科書でお馴染みの実験です。
このときの持ち上がる高さは液体の種類と気圧によって変わります。ここで水銀を水に置き換えると約10mの高さまで吸い上げられることが判っています。
ちなみに水銀って水の14倍くらい重いです。なので、水銀の1/14の重さしかない水を真空引きすると76cmの14倍(≒10m)くらい引っ張り上げられます。わかりやす。
ザ・フロッグウェザーリポーター
トリチェリの真空原理を使った簡易気圧計。気圧の変化で水位が変わります。ガリレオ温度計と並んで人気の高い物理系雑貨。 |
ガリレオ温度計 M
ガリレオ温度計これ。ちなみに、トリチェリはガリレオの弟子っ子なのがミソです。 |
1気圧は1013ヘクトパスカル
真空だと約1000cm引っ張り上げられる水が1気圧(=1013hPa)だと0になるわけで、だいたい1:1対応な感じです。これが気圧が1hPa下がると約1cm水面が上昇するしくみです。
なので低気圧の親玉(?)である台風が来ると、周辺の海面が一気に上昇して高波が起こりやすくなります。
真空引きによる液面上昇の限界
ちなみにトリチェリの真空管実験は、その名の通り管の上部が真空になってます。別の言い方をすると真空引きしても76cmまでしか吸いあげられません。
…と言うことは、単純な構造のポンプで水を引こうとしたら高さ10mが限界です。たかが3~4階程度の高さです。なので高層建築用のポンプは色々と工夫されてます。巨木も不思議。
吹き寄せ効果
先の気象庁のページには、「台風による風が更なる高波を作る」と書いてあります。
台風時に強い風が長く吹き続け、しかも吹く距離が長いほど、波が発達して、波高が増大します。
強風によって吹き寄せられる潮位は風速の二乗に比例します。つまり風速が2倍なら波の高さは4倍に、4倍なら16倍に、倍々で波は育っていきます。凧の抵抗を想像すると良いかもしれません。
狭い湾に入り込むと更に波が高くなります。少し語弊はありますが、台風による水位の上昇は津波に似た被害をもたらします。
台風の日に気をつけたいこと
【本章追記:2015/10/26】海の近くに住んでて気になっていることいろいろメモしておきます。
海が荒れてるからこそ近づく人がいる
海が荒れると好んで入ろうとするサーファーさん、どう考えても危ないです。万が一のことがあると、規制がかかって他の人にも迷惑かかると思う。
あと、SNSに投稿する写真を撮りに浜まで寄るのも危険です。高波は引きも強いので、波に呑まれたら あっと言う間に沖に流されるでしょう。
海の「もしも」は118番
もし海に投げ出されても携帯が生きてたら118番へ。海上保安庁の救難に繋がります。
海上保安庁の標語をそのまま暗唱しても良いし、「119番の隣」とか自分なりの工夫で覚えておきましょう。自分は大丈夫と思っても、近所で人が流されるのを見かけることがあるかも知れないし。
高潮による台風被害の例
2013年11月にフィリピンを襲った台風30号は最大勢力時の気圧が895hPaでしたから、海面は平常時と比べると平均で1m以上もせり上がった計算になります。さらに最大風速が100mを超えた瞬間もあったとのことです。
現地では伊勢湾台風に匹敵する、4mほどの波が襲ったとの証言もありました。温暖化による海面上昇でゼロメートル地帯の増えてる島嶼部ではひとたまりもないでしょう。
吸い上げ・吹き寄せ効果とお天気リポート
台風被害を伝える報道を眺めながら、吸い上げ効果や吹き寄せ効果についてもっと積極的に報道したらいいんじゃないかなって思いました。これ、単に高波だって言ってもあまり深刻さが伝わらない気がします。
もちろん現地に暮らす人達の生の声や災害状況を伝えることは報道が果たすべき大切な役割でしょう。でも、なぜそうなったのか根本的な仕組みを伝えることも重要なはず。
毎日新聞(2013/11/12朝刊)より
http://mainichi.jp/select/news/20131112k0000m040095000c.html
台風が接近して猛威をふるう暴風雨の中、海沿いの防波堤前でお天気レポートやるのもどうかと思う。無人カメラにナレーションで、緊迫感のある報道って出来ないものなんでしょうか。
大型台風で街全体が水浸しになるのも、並の台風で数人が波にさらわれるのも根本的には同じ現象だと思ってます。
その認識がない限り、同じ悲劇は繰り返される。何度でも。
【 更新履歴等 】
2013/11/14 初稿発表
2014/08/10 参照記事の掲載期限切れにつきリンク外しました。
2015/10/26 図など追加&各章に散在していた台風30号の話を一カ所にまとめました。
旧題:なぜ台風のとき海や川に近づいたらいけないの?高潮肥大化の原理
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