センター英語リスニング機の故障とリスクマネジメントを考える

センター試験のICプレーヤー故障率をモデルとして、リスク管理について考えてみました。単純に事故率を減らせば安全が保証されるわけではないと思います。

センター英語リスニング機の故障とリスクマネジメントを考える

センター試験で毎年問題視されるリスニング用ICプレーヤーのトラブル。

人生を左右する入試の話ですから故障が少ないに越したことはないんですけど、リスクマネジメントの点から見ると故障率があまり低いのもトラブルの元ではないでしょうか。

ニュースなどでは「機器の不具合が相次いだ」という報道がされがちですが、前職が家電品の設計だった身としては、他人事ながら胃が痛くなる想いで報道を見つめている次第です。

センター英語リスニング用ICプレーヤー故障率

2006年に始まったセンター英語のリスニング機器故障件数を一覧にしてみました。

受験者数は大学入試センターが発表している本試験の受験者数を基準としています。ただし、英語の受験者数が明らかな年については英語の受験者数としました。(ほぼ全ての受験者が英語を選択しているので、それほど大きな誤差はないと思います)

故障件数についてはまとまったデータが見当たらなかったので、各年のニュース記事から数値をピックアップしました。速報値なので年によって英語の再試験者数だったり機械の故障件数だったり微妙にまちまちであることはご了承下さい。

センター英語リスニングICプレーヤー故障率
受験者数(万人) 不具合数 故障率(%)
2006 52.4 437 0.083
2007 50.1 351 0.07
2008 51.1 181 0.035
2009 50.4 220 0.044
2010 50.7 105 0.021
2011 51.9 108 0.021
2012 52.7 162 0.031
2013 51.3 76 0.015
2014 54.3 93 0.017
2015 51.6 86 0.017
2016 53.6 43 0.008
センター英語ICプレーヤー故障率
センター英語ICプレーヤー故障率

※注:縦軸の単位は受験者数のとき「千人」、不具合者数の時は「個」です

受験者数は毎年50万人ちょいで「ほぼ横ばい」から「微増」です。一方、不具合数は明らかな減少傾向といって良いでしょう。グラフのキャプションにも書きましたが、縦軸の単位は受験者数が「千人」・不具合者数は「個」なので注意して下さい。

ここで、ICプレーヤーの故障率は10年で0.08%から0.008%に減っています。開始当初から見てほぼ1/10のオーダーです。

品質管理における不良率PPM

次に、品質管理における不良率を考えます。これはどのような製品を作るかによって有効桁が全く変わります。

例えば品質管理で使うPPM(parts per million)という単位があります。化学物質の濃度なんかを測るときのppmと同じです。100万分の1のこと。100万個の製品を作っていくつ不良品が出たかを示します。

一口に不良品と言っても、出来上がる製品によって不良率の許容度は異なります。ネジのような基本パーツだったら100万個のうち1個の不良があるかないか、つまり1ppm以下の不良率も珍しくありません。場合によっては0ppmということも。

しかし、これがパソコンだったらどうでしょう。たとえ一つ一つのパーツ精度が高くても、数百数千の部品を使って作るのですから不良部品の混入率は自然と上がります。

複雑な部品に関しては、パーツ単体の不良率だって跳ね上がります。例えば不良率1000PPMの部品はパーセントに直すと0.1%、1000個に1個がおかしいという計算になります。こうした部品を使った製品の場合、全体の不良率を下げるのは並並ならぬ努力を要するでしょう。

こうした製品の不良率を下げるには、各パーツの精度を上げたり、部品点数を大幅に減らしたり、全量検査する必要があります。

ここで、センター試験で採用されているリスニング用のICプレーヤーを見てみます。

大学入試センター試験ICプレーヤー2007年型
大学入試センター試験ICプレーヤー2007年型

内臓ROMじゃなく記録メディアを挿入するタイプであること、フォンプラグのイヤホンを使うこと、ボタンや音量調節つまみなど物理スイッチが複数配置されてます。

この仕様で初年度不良率が0.08%、今年の速報値が0.008%なの結構頑張ってると思います。第一印象からして接点が多すぎます。

リスニング機器の不良率を実感する

実際のところ、リスニング機器の不良率はどの程度が妥当なのでしょう。Twitter見てたら折良くアンケートが回ってきました。

回答者の属性によって分布はかなり変わると思いますが、とりあえずこれを念頭置いて話を進めます。

不良率0.1%

0.1%は1000個に1個ですね。どこかの高校を会場にしたとき、試験場一カ所につきひとつ故障が出るかどうかというイメージ。(正規分布を取ったとき、3σの下がこれくらいです)

これを多いとみるか少ないとみるかは人によるでしょう。当事者目線で会場ごとにエラーが出ると思ったら気が気じゃありませんが、客観的に量産品として考えれば良くある不良率ではないかと思います。

不良率0.01%

0.01%は1万個に1個ですね。受験者数が50万人程度なので、単純計算で都道府県あたりひとつ問題が出るかどうか。なかなか優秀な値ではないでしょうか。

実際のところ受験者は都会偏重なので、このオーダーだと問題が出ない県も出るでしょう。

不良率0.001%

0.001%は10万個に1個ですね。道州制が実現したとして、おのおのの州につきひとつも問題が出ないかも知れません。

もはやイメージがしにくくなってきましたが、全国の受験者のうち不良機に当たるのが5人くらい。

ミニロトだと総当たりで50万口あたり1等が3本当たることになるので、割と宝くじ感も出てきました。

不良率0.0001%

0.0001%は100万個に1個。アンケートの前提として「0はありえない」としていますが、受験者数が50万人であることを考えると実質ゼロと同等です。

前項で示した不良率PPMで表すと1ppmに相当します。パーツ単品の不良率で製品を作れと言っています。冷静に考えてちょっと請け負いたくないレベルだし、やらざるを得ないなら相応の予算は欲しいところです。

そもそもご予算おいくらですのん。

センター試験の検定料は現在1万2千円ないし1万8千円です。これを検定料だけで賄うとすれば、ICレコーダーに掛けられる予算は異常に多く見積もっても2割が限度でしょう。55万個納入したら普通はそれなりの商いですが、果たしてこれで利益が出るのかどうか。

問題発生率からリスク管理を考える

今度は、各レベルで不良品が出る前提でのリスク管理を考えます。

不良率0.1%

不良率が0.1%、1000個に1個の不良品が必ず含まれているとします。各試験会場で必ず不良品が出る可能性がありますから、試験官は十分な当事者意識を持って対策をしているでしょう。

同時に、受験生も「必ず自分に当たるかも知れない」という危機感を持っていた方がいいです。1教室40人で受験するとして、25分の1の確率で問題の現場に遭遇することになるからです。会場が大学で100人教室なら事例を目の当たりにする確率は10分の1です。

たとえ不良機に当たったのが他人でも、「自分じゃなくて良かった」「あいつ再試験だざまーみろ」的なことを考えたら自滅するかも知れません。そうした誤爆も含めて全ての関係者が当事者になり得ます。

不良率0.01%

不良率が0.01%、1万個に1個の不良品が必ず含まれているとします。先の通り不良機が出ない県もあり得るオーダーですから、当たった受験生はかなり不運と言わざるを得ません。

再試験が設定されるとは言っても、県に一人を引き当てたダメージは相当なものでしょう。…とは言え、監督官が冷静な態度で臨めば大きな混乱はないかも知れません。微妙なラインです。

不良率0.001%

不良率が0.001%、10万個に1個の不良率だとします。もうこのレベルだと「自分には関係ない」と考える人が相当数出てきます。もちろん監督側は細心の注意を払うでしょうが、その状況で引き当てた受験生のダメージは計り知れません。

それに加えて、このオーダーだと監督側も問題発生現場に居合わせた人の口コミにまずアクセスできません。監督マニュアルが全てで、生の声が一切入ってこない状況で対応しなければならなくなります。

不良率0.0001%

0.0001%は100万個に1個。問題発生件数で言えば2年に1度のオーダーです。ほぼ未曾有の災害と考えて良いでしょう。実感もなければノウハウもない状況で対応せねばなりません。マニュアルが潜在的な問題を網羅している保証さえありません。

監督側も受験生側も不幸のズンドコまっさかさまです。もちろんメーカーも。

「事故率ほぼゼロ」は、それはそれで望ましいものですが、リスク管理の点で言えば手放しで喜べる事態でもないです。

リスク管理は

故障はとかく減らした方が良しと考えがちです。しかし減った事故件数を補うには防災訓練とセットで考えねばなりません。

例えば1%の故障が出ても対応出来るつもりで臨んで、事故が起きなければ「良かったね」で済ますのがベストです。ごく一部の人が頑張ってリスクを減らしても、新たなほころびを出すようではその努力が裏目に出てしまうわけですし。

そして防災訓練と言っても、取り立ててやることは多分そんなにないです。「自分が故障機を当てるかも知れない」という心構えと、再試験の要項を確認しておくくらい。

不幸にもその一人に当たったとして、それだけでずっと落ちついていられるのではないでしょうか。

どんな災害でも、根は同じだと思うんです。単純に事故率を減らせば安全が保証されるわけではありません。事故を起こさないことも大事ですが、事故が起きたときにどう動くかイメージ出来てることも同じくらい大事です。