検索上位の情報が事実かどうか迷ったときに思い出したい3箇条

検索して上位に出てきた情報を鵜呑みにしないために、自分が日ごろやってることを書きました。

検索上位の情報が事実かどうか迷ったときに思い出したい3箇条

みんな大好きGoogle先生。

ただ、検索したとき上位に表示されるサイトが必ずしも真実を伝えているとは限らないんですよね。

  • 多くの人に言及されている
  • 記載内容が文法的に正しい

Googleの検索アルゴリズムに最適化されていれば、情報の真偽そのものが怪しかったとしてもそれなりに上位に表示されます。

ゴシップだと判って楽しむ分には良いのですが、検索上位のページだからって無条件に信用すると痛い目を見るので注意しましょう。

検索結果を信じて良い例

検索トップに出てきた情報を無条件に受け入れて良いケースは意外と限られます。

イベントの日程や施設の住所など、個人の意見が反映されない事実なら構いませんが、それ以外の情報は基本的に真偽を検討する必要があります。

例えば情報量が豊富なWikipediaはつい参考にしがちですが、項目ごとに編集者が異なるので話の正確性に差があります。割と信頼出来るページとそうでないページの違いが激しい。項目ごとに信憑性が大きく違うという点で気をつけるべき情報源の一つです。

【 関連記事 】

Wikipediaは嘘ばかり…と嘆く人に伝えたい たった1つの事実Wikipediaは嘘ばかり…と嘆く人に伝えたい たった1つの事実

一番詳しい人が書いちゃいけない決まりがあります。

矛盾を探す

具体的に嘘情報をを見分ける方法その1。

初めて見聞きする情報を信じてよいか悩んだときは、全体の構成をよくみて主張に矛盾がないかどうかチェックしましょう。本文の構成に加えて、自分の知識ベースと照らし合わせても構いません。

一般的な会話で嘘をつき、話のつじつまが合わなくなると嘘を塗り重ねる人がいるように、虚偽情報が盛り込まれている周辺では見たことも聞いたこともない理論が展開されてたりします。

ただし、その話を理解する基礎知識がないと感じたら、まず定評のある入門書を終えてから判断することをオススメします。やはり多くの目にさらされた情報には一定の価値がありますし。

結論ありきの主張では、科学実験の体裁をとっていても話の展開に無理があることも少なくありません。

筆者が整合性を気にする人であるほどこの傾向は強く、悪意がなくても嘘が混ざります。

話者に好感を持つことと話の正確さは切り分けよう

反対に、言ってることがバラバラなのに妙な勢いで受け入れちゃうのが芸能人の口コミでしょう。

専門性の高い事例について素人が出る幕は本来ほとんどないはずなのに、何故か影響力がハンパないです。彼らは人を魅了するプロなのだよね。悪意がなくても誤解が広まりやすい。

「話者の好感度」と「話の分かりやすさ」と「話の正しさ」は切り分けた方が良いです。

なぜその情報が正しいと思ったのか問う

検索が不慣れな人に何かのテーマを与えて調べさせると大抵どこかのページを丸写ししたレポートを持って来ます。

そんなときは、とりあえず「どうしてその情報が正しいと思ったの?」と聞くようにしてます。

「検索したら最初に出てきたから」はお話にならないんですけど、自分が何故その情報を信用に足ると判定したのか自覚しておくことは大事です。

丸写しにするならするで最初のうちは構いません。それでも自分の知識ベースから生じた感想は付け足して欲しいところ。このとき、既存の知識との関連を意識するといいです。「すごいなぁと思いました、まる」は、この条件を満たしません。

新たに得た情報と既存情報の間に網目構造を作りたいのです。

算数を解くとき、考え方のアプローチさえ正しければ足し算でも掛け算でも同じ値にたどり着くように、確固たる事実は思いもよらない世界と繋がってることがあります。

「驚くような新事実」だけど、既存の常識を否定するだけで別の理論の補強になってない場合はあんまり重視しなくて良いんじゃないですかね。

自分の知識ベースを疑う

最後に、自分の常識と全く異なる話を見かけてどっちを信じて良いのか迷ったときは話の構造が美しい方を選ぶと良いです。

物語として修飾された美文ではなく、箇条書きにまとめたとき例外となる特殊条件が少ないほう、という意味です。前述の通り世の中いろいろと繋がってるので、例外の多い理論が他のジャンルに強い影響を与えることは稀です。

自分の知ってる話が間違いだったときは、素直に認識を改めるのが吉です。変に固執すると大事なものを失います。わたくし「昨日までの自分は常にアホ」と思って生きております。キラキラしたのが好きな人は「自分史上 最高の私になる」とか言い換えると良いかも知れません。

ただし「変わらないこと」が信頼性のファクターになってる人からは「あいつ前と言ってることが違う」って叩かれます。行き当たりばったりにならないよう基礎は早めに仕上げておきましょう。

まとめ

…ということで、初めて触れる話の真偽に迷ったときは次の三つのことを思い出してます。

  • 矛盾を探す
  • なぜその情報が正しいと思ったのか問う
  • 自分の知識ベースを疑う

特に「常識のウソ」とか「陰謀」みたいな強いキーワードが散見される話は要注意です。話の論理体系がちゃんとしてる人はそういう言葉をあまり使いません。

その時々で正しいと思う理論に乗り換えるのは必要なことですが、あんまり頻繁に主張を変えると信用を無くすので基礎はやっぱ大事です。本当に型破りな理論なら、一通り教科書をおさらいしてからの方がありがたみがわかるものですし。

そういう意味では書き下ろしのネット情報は際限なくウソが入るし、個人ブログも悪意の有無にかかわらず間違いだらけなので鵜呑みにしない方が良いでしょう。

本稿だって「3箇条」とか書いてますけど、事実上「矛盾がないほうを選べ」としか書いてませんからね。三つくらいはあるだろうと思って書き始めたんだけど、それ以外になかったんですよ。

こういうのを結論ありきの主張と言いますね。悪意がなくても嘘は必ず混入します。あとは、その嘘が許せる嘘かどうか。

【 関連記事 】

びっくりブログやSNSに嘘や間違いを書いても気にしないで良い

自分が書く立場の時に、正しい情報を得る方法。