土用・丑の日に「う」がつくものを食べると夏負けしない。
こんにち当たり前のように伝えられてる言い回しですが、いつごろから広まった表現なのか調べようと思っても、それらしい原典が見つかりません。
検索語を工夫したり、ドメインを絞り込んで信頼性の高いサイトを中心にクロールしても全然一次資料が出てこない。なんだこれ。
あまりにも見つからなさ過ぎて笑ったのでメモ。
土用と丑の日
「土用の丑の日はウナギ食ってないで筋トレしてろよ」という話を書きました。
その中で、土用の中でも特に丑の日を重用する理由について「五行説の考え方に由来する」という説明をしました。
木火土金水(もっかどこんすい)を基本とする五行では、春に木気、夏に火気、秋に金気、冬に水気をあてている。残りの土気は季節の変わり目を相当し、それを土用と言っている。
つまり夏の土用は、春の木気から夏の火気をスムーズにつなぐ役割を持つ。
だが、木は土から養分を吸い上げる。土と木では木のほうが強い。春の名残を引きずると、土の力が弱まって火に負けてしまうという発想だ。
このあたりの力関係は、ポケモンのタイプ相性を想像してみると良いだろう。ポケモンの世界観は五行説に通じている。
だから、夏の入りには土の力を補強する必要がある。そこで、暦の中でも五行として土の役割を持つ丑の日を大切にしたわけだ。
ところが。この部分に次のようなコメントがつきました。
『夏の土用は、春の木気から夏の火気をスムーズにつなぐ役割』なんか変じゃね。夏の土用は夏と秋の間なんだから、夏の火と秋の金をスムーズにつなぐ役割なんじゃね?火生土、土生金と土が入ることでつながる。
hokuto-hei – はてなブックマーク
がーん。
言われてみれば確かに夏の土用は立秋の前です。この考え方が適用されるとしたら、春の土用でなければなりません。ダメじゃん。
ちなみに土用というと夏のイメージが強いのですが、土用そのものは春夏秋冬それぞれにあります。
日本における食肉文化
また、中世から近代の日本では仏教の影響により肉食が禁止されてました。しかしこれは正史の記録に過ぎず、なんだかんだで肉を食べる習慣はあったようです。
例えば平安時代の『古語拾遺(807年)』にも、田起こしの農民が牛肉を食べるという記述がみられます。
大地主神、田を営(つく)るの日、牛の宍(しし)を田人に食はせ
古語拾遺 – 国立公文書館デジタルアーカイブ(該当部は15ページ目)
古語拾遺に収録されているエピソードが史実的かという問題もあるんですが、庶民は上流階級と違ってそれほど戒律を守ってなかったという話もあります。
日本書紀にも「春から秋までは肉食禁止」という記述があるようで、つまり春先までは肉を食べてた様子がうかがえる。
前述の木剋土の話も、以前聞いたときに納得感があったので、このあたりの話とごっちゃになってました。
ウナギ以前の「う」が見つからない
あらためて五行に戻り、夏の土用について読み直してみます。
夏の土用は立秋の直前にあたります。流れとしては 火→土→金 となり、このとき五行的な停滞は起こりません。つまり「足りない土気を補う」必要がなくなってしまいました。
しかしこれだけ夏の土用が注目されているのだから、何かしらの妥当性があるはずです。
でも、土用の丑の日と「う」を結びつける「それらしい理由」が見つかりません。
伝統的に土用とセットになってる食材
夏の土用に特有の食べ物と言えば、ウナギのほかにもいろいろあります。
例えば梅干し。製造工程として夏の土用に天日干しすることが決まってます。おまけに「う」のつく食べ物ですし。
だけど「う」のつく食べ物として真っ先に梅干しが挙がる例をまず見ません。確かに梅干しを「う」に数えることはありますが、あくまでオマケ扱いです。「う」が特定の食材を示すのでなければ、もっとメジャーな扱いを受けてもよさそうなのに。
また、伝統的に土用を冠する食べ物は他にもあります。有名なのはしじみ、餅(饅頭)、卵など。でも、これらは「う」のつく食べ物ですらありません。
しかも土用餅などの習慣がある地域でも、特に丑の日限定の食べ物ということはなさそうです。
ウナギ以前の「う」が見つからない理由
現在伝えられてる話を総合すると、ウナギ以前の「う」があってこそ、ウナギは爆発的に広まったと読めます。しかし、ウナギ以前には確かに根付いていたはずの「う」を示す資料がどうにも見つかりません。
…ということは、大きな声で言えない理由の可能性がある。おそらくウナギ以前の「う」は牛肉です。
以上より、土用の丑の日にウナギを食べるようになった経緯は次のように考えられます。
土用の丑の日に「う」を食べる理由
夏の土用と言えば、猛暑が続いて食も細くなりがちです。何か旨いものでも食べたいと思うのが人情でしょう。
旬のシジミもいいけれど、正直なことを言えばガッツリいきたい。だけど肉は禁止されてます。さて、どうしたものか…。
そこで丑の日に目を付けた。
丑は方位でいうと鬼門にあたります。厄災のくる方角であり縁起が悪い。一方、悪いものは食べてしまえばやっつけられるという言い伝えもあります。
かくして土用の丑の日に「う」を食べる習慣が出来上がった。
でもこれは、きっと公然の秘密です。
そこに誰かがウナギも「う」だと言い出した。平賀源内が言い出したのかもしれないし、別に他の人だってかまいません。
いずれにせよ、にょろにょろとしたウナギは紐を連想させます。紐の中には丑がある。そして、干支の丑は本来「からむ」という意味を持っている。牛が割り当てられているのは覚えやすくするための工夫であって、丑の原義は細長いものです。
しかも、魚だったら獣肉と違って堂々と食べられます。
丑をウナギに読み替えるには十分な理由じゃないでしょうか。
もしかしたら春の土用も、適当な理由を付けて肉を食ってたかもしれません。昔の冬ごもりは命がけだったでしょうから。
日本全国酒飲み音頭 |
…とはいうものの、これは私の仮説です。状況証拠としては妥当性があると思ってますが、ご利用の際はご注意ください。
より確度の高い理由をご存知の方は、こっそり文献教えて頂けると嬉しいです。
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