無酸素運動は息を止める運動という誤解はそろそろ滅亡して欲しい

しばしば「無酸素運動は息を止めて行う運動」とか言う人がいてびっくりします。完全な「無酸素運動」なんてないし、ある瞬間から有酸素運動が無酸素運動に切り替わったりもしません。

無酸素運動は息を止める運動という誤解はそろそろ滅亡して欲しい

ダイエットやフィットネスなどで有酸素運動、無酸素運動という言葉を聞くようになりました。

部活レベルだけど小学校からずっと陸上競技をやってたせいか「短距離!無酸素運動!息を止めて走るんでしょ?」って言われることがあって気が遠くなりかけたものです。

そう信じてるんだったら、いっぺん呼吸を止めて400mを全力疾走したら良いと思います。世界中に星屑が飛んできっとキレイです。運が悪ければ星のかけらにだってなれるかも。

有酸素運動と無酸素運動

無酸素運動とは「酸素を介さない生化学反応によって取り出されたエネルギーを使って維持する運動」のことです。

「運動してるときの呼吸の有無」や「運動の種目」は直接関係ありません。ただし互いに深く関係しているのが紛らわしいところです。

あと生物学で「呼吸」と言ったとき、複数の意味があるのも判りにくいかも知れません…みたいな話が苦手な人は後述の「重量挙げと外呼吸」章くらいまで飛ばして下さい。

外呼吸と内呼吸

「呼吸」というと普通は「鼻や口から空気を吸って肺に取り込むこと」を言いますが、生物学だと「体内に取り込まれた酸素が細胞内でエネルギーに変わる反応」も含めます。

燃えかすである「二酸化炭素を体外に排出する反応」も呼吸の一部ですから、酸素の流れ的には一連の反応と言えます。この「肺から血液くらいまで」が外呼吸で、「エネルギーを取り出す反応」が内呼吸です。

  • 外呼吸 … 外気から酸素を取り込んで二酸化炭素を排出すること
  • 内呼吸 … 酸素とか使ってエネルギー取り出して二酸化炭素にすること

酸素呼吸と無気呼吸

内呼吸のうち、酸素を使ってエネルギー取り出す反応をさらに酸素呼吸と言います。一方、酸素を使わない反応でエネルギーを取り出すのが無気呼吸です。

  • 酸素呼吸 … 内呼吸のうち、酸素を使ってエネルギーを取り出す反応
  • 無気呼吸 … 内呼吸のうち、酸素を使わずにエネルギーを取り出す反応
解糖系とクエン酸回路と水素伝達系
解糖系(無気呼吸)とクエン酸回路と水素伝達系のしくみ Ja-CellRespiration より改変 CC BY-SA3.0

酸素を使わないのに呼吸とはコレ如何にって感じですが、化学的に見ると全て酸化還元によってエネルギー取り出す反応なので全部いっしょくたに扱うようです。再定義によるパラダイムシフトによって紛らわしさが5割ほど増量してる気がします。

無気呼吸の方がエネルギー生産性が高い

酸素呼吸より無気呼吸の方がエネルギー(ATP)の生産性が高いので、激しい運動では無気呼吸の反応が活発になります。

あくまで強度の問題なので、「これをやれば無酸素運動」なる運動はありません。比率の問題でもあるので、ある瞬間から無酸素に切り替わるわけでもないです。

負荷の高い運動における外呼吸の違い

無酸素運動の代表格にあげられるのが短距離走と重量挙げでしょうか。

確かに両者とも無酸素運動の代表格なんですけど、全身を動かす短距離走と定点で行う重量挙げでは外呼吸の扱いに大きな違いがあります。

重量挙げと外呼吸

誰でも力仕事で自然に息を止めた経験があると思います。しかし内呼吸の制御というより筋肉を弛緩させないためでしょう。ちなみに最大負荷で息を止めると血圧上がって危険です。最悪の場合は脳貧血を起こして倒れます

「ウェイトリフティング 失神」とかで検索してみて下さい。

力仕事や筋トレで顔が真っ赤になるほど息とめちゃダメです絶対。

短距離走と外呼吸

「無酸素運動だから息を止めて走るんでしょ」のお返事はここに書きます。

短距離走で言う無酸素運動は「酸素を使った通常のエネルギー生産が追いつかない状態」です。「息を吸わない」のではなくて「吸っても間に合わない」「そもそも自由に吸えない」。

もし無理に息を止めたら負圧で呼吸器を痛めると思います。

激しく四肢を動かすとき、体の伸縮によって肺の空気は強制的に換気されるからです。重心を左右に振る、特に上肢を激しく動かすスポーツをしていた人は自分の意志とは無関係に空気が出入りする感覚をご存じでしょう。

走ってる最中は深く吸えないので、だいたい途中で酸欠になります。400m走の場合、男子でゴール手前、女子でホームストレート前後から辛くなるって声は多いです。時間にするとどっちも40秒ちょっとでしょうか。代謝の限界がその辺にあるのでしょう。

私の場合はその瞬間を境に視界がふっと暗くなります。200mから転向したときに「あれってマンガの心象風景じゃなかったのか!」って感動しました。まぁ、実際はめちゃくちゃ辛いです。好きでやってたから良いんですけど。

酸欠状態で生命を維持するために優先順位の低い回路から遮蔽されていくんだと思います。フリーダイビングの人も似たようなことを言ってますね。

長距離走と無酸素運動

酸欠で思い出しましたが、長距離走でも負荷が高まれば無酸素運動の割合が高くなります。

独走トップの選手は自分のペースを守ってるので呼吸のリズムを維持できてますが、追う選手がラップタイムを気にしたり焦ったりすると息が上がります。脳がものすごい勢いで酸素を無駄にしてるんだと思います。

追うのが得意な人は既に戦略が立ってるので慌てません。逆に独走が苦手な人は周りに人がいないと悶々とし始めるので一気に崩します。本来なら何でもない負荷が危険操業ラインに変わるんだと思います。心理戦が続くの見た目(=タイム)以上にきついです。

駅伝やマラソンで1位の選手が悠々とウィニングランしてるとき後続の選手が必死の形相で倒れ込むのを見て「三流選手は言い訳がましく演技する」とか嘲笑うおっさんのもとに、どうか10000mを27分ペースで引っ張り回す天使が現れますように…!

百歩譲って3分/1kmでも構いません。100mにして18秒です。その負荷で42.195km走り続けられる個体と同じ種族を名乗れることに誇りを持ったら良いと思います。

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未経験者による指導ハラスメント

そんなわけで激しい運動で息を止めたら高確率で体を害するのでオススメしません。

トップアスリートの世界は知りませんが、成長期の児童に「息を止めて走れ」とか言う人は指導力を疑う。おそらく経験者ですらないでしょう。

どんな世界でも未経験者の思いつきは通常無視されるんですけど、別分野でも目上の人による「アドバイス」は抗しがたいものがありますね。これも一種のハラスメントかも知れません。

おわりに

私自身は生物学も陸上競技も学校でちょろっとやっただけの素人なので、間違いありましたら根拠を添えてご指摘ください。

さっき医師が書いたコラムで「息をして行う運動が有酸素運動、息を止めて行うのが無酸素運動」とか書いてるの見ちゃってぎょっとしたので書きました。医者が何言ってるんだろう、高校生物からやり直して欲しい。いくらこっちが素人でも聞き捨てなりません。

反論がある場合は、まず息を止めて400mほど全力疾走してみたら良いと思います。百歩譲って100mでもいいです。話はそれから伺います。

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