2008年、若田飛行士らと国際宇宙ステーション(ISS)に8か月間過ごした桜の種子が、このほどめでたく開花したそうです。
通常であれば発芽から咲くまで10年近く掛かる桜の花が「わずか4年足らずで開化」したり「親木が八重なのに一重で咲く」など関係者も驚いている…とのこと。
でも宇宙桜で検索すると、『早すぎる開化』『奇妙な花』『科学者ら当惑』『宇宙線にさらされた影響か』『相次いで異変』だの、ゴシップみたいな話がずらずら出てきて本当うんざりです。
自分の無知を棚に上げて、品がないにも程がある。
ほのぼのネタを放射線被曝にミスリードする編集
問題としているのはAFP通信の『早すぎる開花に奇妙な花…「宇宙桜」の謎に科学者ら当惑』なる記事です。
登場する関係者のコメントは至って普通の内容なのに、地の文で異常現象を煽ってて非常に作為的な記事。
植物や自然科学を身近に暮らせば大筋で予期しうる現象だというのに、放射線が全ての元凶であるかのように書かれています。仮に宇宙線の影響があったとしても、話の内容は切り分けるべきです。
『宇宙桜が開化!予想を超える成長に関係者らも驚きの声』
『若木で着蕾するメカニズムは不明、今後の解明が待たれる』
…で、よくない?
宇宙桜の要点
問題となった宇宙桜の要点は以下の通りです。
中将姫誓願桜(ちゅうじょうひめせいがんざくら)とは
記事の説明によると、これは岐阜県・願成寺に咲く銘木桜です。Wikipediaにあった中将姫誓願桜の項によるとヤマザクラの変種で国の天然記念物と書いてありました。
同種の桜は(他に)確認されておらず、プルヌス・フロリドラ・ミヨシの学名が与えられている。
…だそうです。
中将姫誓願桜そのものが奇形という可能性
Wikipediaの記述が事実だったとして、同種の個体が他に存在しないのであれば中将姫誓願桜そのものが突然変異によって生まれた奇形個体である可能性があります。
そうした種子は総じて発芽能力がない、あるいは極めて低いものが多い。
「元から奇形個体」とか書くと非常に気味が悪い現象のように見えますが、園芸品種の植物においては良くあることです。本当に数えれば切りがないほどありふれた話です。
園芸品種なんて自然界から見れば繁殖力の低い不自然な個体ばかりです。でも見た目が綺麗だから人間が一所懸命に保護して絶やさないようにしている。
例えば、みんな大好きソメイヨシノ。あんなに花を咲かせていても、こぼれ種から芽を出したりはしません。むしろ、果実に栄養を取られないから毎年バンバン咲けるとも言える。
タネから育った苗と親株の違い
人間を例に取るまでもなく、親と子の形質は違います。種から育てた植物も同様に、子苗と親株の性質はかなり異なります。
以前も書きましたが、八重咲きの花弁は雄しべなどが変化したものです。植物にとっては一重の方がよほど自然な花姿なんです。多弁の花からタネを取ってまいたら一重の花が咲いたなんて園芸好きの間では当たり前すぎて話題にもなりません。
むしろ、八重咲きの花からタネを取ってまた八重の花が咲いたらそっちの方がニュースになりますよ。
桜の性質を無視した報道内容
「宇宙桜」は今年4月までに高さ4メートルほどに成長し、突然9つの花を咲かせた。しかも、それぞれの花がつけた花びらの数は、誓願桜の約30枚よりもずっと少ない5枚のみだった。
早すぎる開花に奇妙な花…「宇宙桜」の謎に科学者ら当惑 – AFP
何ですかこれ。「突然花を咲かせた」じゃないですよ。
サクラ属の植物は、寒いうちから葉芽と花芽の区別がつきます。その桜が突然咲いたというなら、熱心に管理してなかったと告白しているだけでしょう。
そもそも桜の花弁数は基本5枚です。30弁の桜が咲いてる現状が異常事態で、本来の性質に戻っただけ。確かに親木と似てないことは残念かも知れないけど、無理な期待をかけておいて勝手に失望して桜にとっては良い迷惑ですよ。
宇宙空間が種子の発芽能力に与えた影響
もちろん、宇宙に持って行った影響がゼロだとは言いません。管理している願成寺の住職によると
もとの桜のほうは、これまで種から発芽したことがなかった。後継ぎにあたる桜が生まれてくれたので、私どもは非常に喜んでいます。 同記事より
…ということですから、宇宙を旅したことで本来発芽能力が極めて低かった種子に何らかの生育スイッチが入った可能性はあります。
他にも同様に宇宙に連れて行って短期間に開花した株が存在することから、新たな育種方法としての未来はあるかも知れません。
実際、地上でも植物の品種改良を目的として放射線照射は当たり前に行われています。その意味では、地上での放射線照射と宇宙空間での違いも区別する必要がある。
無重力が初期発生に影響をもたらしている可能性だってあるわけですし。
また、この記事で桜が早期開花した理由について研究者は以下のように語っています。
同プロジェクトに参加した筑波大学の富田-横谷香織(Kaori Tomita-Yokotani)講師は、この宇宙の謎に当惑しているとAFPに語った。「宇宙の環境にさらされたことで何らかの影響を受けた可能性はゼロではない」
植物生理学を研究する同講師は、比較対象となる木々がないため、願成寺の桜がなぜ早く成長したか説明するのは難しいと説明している。「より大きい宇宙線にさらされたことで、発芽や全体の成長が早まることが起きた可能性はもちろんあります」。ただ、「科学的に見るならば、分からないとしか言えない」という。 同記事より(強調:おち)
「科学的に見て判らない」というのは、この場合「一般化するにはデータが足りない」という意味であって「その現象が起きたことの意味が判らない」ということではありません。専門家だって「比較対象がない」と言っている。
講師の方は何に対して「当惑している」と言ってるのでしょう?桜の生育が極めて早かったことについて当惑しているのでしょうか?
むしろ私には「判断材料もないのに意見を求められても困る」という意味で、取材姿勢について「当惑している」ように読めました。
自然現象をゴシップに利用しないで欲しい
この記事は科学記事の体裁をなさないほど恣意に満ちている。不勉強を棚に上げて結論ありきの印象操作するのは本当やめて欲しいです。
完全な作り話じゃないだけに、本当にタチが悪い。
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【 更新履歴等 】
2014/04/17 初稿発表
2016/03/22 章立てを細かくしました
旧題:ISS帰りの宇宙桜が奇妙な花を咲かせた理由をマジレスするよ
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