近所を散策していると、時折タマムシの羽など見かけることがある。たいていの場合タマシイは既に抜け落ちているのだが、無残な姿をさらしているにもかかわらず それなりに得をした気になるのだから不思議だ。
足を止めて拾い上げ、きらきらと光に当てながら外側から青、緑、黄、赤と順に辿る。そして「黄色でやめてくれたほうが好みだけどな」などと余計なことを考える。
そういう意味で、一点の赤みもない鮮緑のカナブンなどはもう少し評価が高くて良いと思う。
きらめきを表現するということ
ひところ小遣い稼ぎにドッターをしていた。ゲームなんかの「ドット絵を打つ人」のことを一部の界隈でそう呼ぶ。
人によっては「あんな小さな絵は誰が描いたって同じだ」などと言ったりするが、小さいからと言って手は抜けない。たった32ドット四方の円にだって、それぞれ個性は出るものだ。小さいところに詰め込むからこそ、何を残すかに色が出る。
幸いなことに私を雇った人は細かな点によく気がついた。宝石モチーフのゲーム制作をしていたからか、特に光る表現にはうるさかった。
「光らせたかったら導線作って他を暗くしないと」
依頼は小型液晶向けのグラフィックだったが、液晶はその構造上 黒が漆黒にならない。絵を締めるためには結構大胆に影を入れる必要がある。それでいて当時作っていたのは軽い雰囲気の作品だったので、あんまり黒くするわけにもいかず苦労したのを覚えている。
「きらめく甲虫」の謎
ここに、「きらめく甲虫」という本がある。
九州大学総合研究博物館所属の気鋭の昆虫学者、丸山宗利氏による昆虫写真集である。
きらめくライティングのひみつ
手に取ってみればタイトルに嘘偽りないきらめきに満ちている。実際「本当に光ってる!」と思った。印刷なのにまるで目の前に標本箱を置かれたような迫力があるのだ。
2~3ページを繰っていくうちに、見開きに載ってる標本はどれもライティングが揃っていることに気付いた。おおむね向かって右上から光が当たっているように見える。…はて、果たしてこれは一般的な撮影技法なのだろうか?
写真の世界には疎いのだが、設営時に被写体が手の影に入る採光はどう考えても作業効率が悪いだろう。著者の丸山先生には講演などで何度かお目にかかったが、氏が左利きだったという印象は特にない。
気になって前著の「ツノゼミ」も引っ張り出してみたが、やはり右上から光を当てた写真は見つからなかった。
この不自然とも思える状況に何らかの合理性があるとしたら、ページをめくった直後にハイライトが目に飛び込んで来ることくらいしか思いつかない。しかしファーストビューで掴んだ視線をテンポ良く流せば、勢いを止めずに次のページへと誘導することが出来るはずだ。
そのつもりになって眺めていたら更におかしな状況に気がついた。横から光を当てているということは背中が暗い。つまり標本のど真ん中に影がある。
でも、そのコントラストが自然なリズムを作っている。誘われるままに順路を辿ると視界の端がきらりと光る。
これは楽しい。
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きらめく視線誘導のひみつ
判りやすい甲の部分(前翅)だけではなく、足に生えた細かな毛や触角もバラエティがあって面白い。細部の組織まで隅々堪能できるのは深度合成ならではの効果だ。
深度合成法とは、被写体の部位ごとにピント合わせした写真を何枚も撮って合成することだ。凹凸のある被写体でも全体的に焦点の合った写真が得られる。
深度合成と昆虫写真の相性は抜群なのでそれ自体は珍しくないと思うが、仕上がりに作者の性格が出る。
同じ深度合成でも結晶標本写真を撮る田中陵二氏の作品などはわずかなボケみが持ち味だ。「ピンが合ってるところの構造をよく見て欲しい」という感じがする。
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一方、手前も奥も毛穴の一つ一つまでバッチリ写っている場合は「ペラペラ流し読みした後も隅から隅まで舐め回すように見てね」というメッセージに思える。
人の視野のうちピントが合っている部分というのは実のところごく一部で、端のほうは案外ぼけて見えているものだ。その意味で深度合成された写真を隅々まで眺める行為は、現実の昆虫をまじまじ見ている時の感覚と近い。
細部まで表現することによって、第二の視線誘導が生まれている。
昆虫のきらめきと構造色
興奮ついでに、この美しい金属光沢そのものにも触れておきたい。
本文によると このきらめきの正体は「表面が特定の光の波長を反射する微細な構造」による「構造色」だと書かれている。本書「きらめく甲虫」には「全く異なる種であるにもかかわらず似た配色を持つ虫」が多数収録されていて興味深い。
構造色によるカラーチャートは一般に「虹のような」と例えられるが、野暮を承知で言うと干渉色のグラデーションは虹と異なる。自然光による干渉色をおおざっぱにシミュレートしてみたものが以下の図である。
厳密な光学計算をせずに作ったチャートなので右に行くにつれて怪しくなるが、大筋で雰囲気はつかめると思う。
光の性質から計算によって色が求まるので、このチャートと虫のグラデーションを合わせると「膜の厚みがどのように変化しているのか」がだいたい判る。ちなみに左が薄くて右が厚い。厚いとは言ってもナノ単位だ。
そんなわずかな構造が、輝かしく鮮やかに虫を彩る。
興味がない人にしてみれば「こんな小さな虫なんてどれも同じだ」と言うかも知れない。しかし、小さくたって手は込んでいる。むしろ体が小さいからこそ、機能そのものが色をなすのだ。
小さな甲虫が何故きらめいて見えるのか、理由を探せばたくさん見つかる。ただ、丸山先生自身が示すこの理由に勝るものはないように思う。
小学生の頃に穴が開くほど読んだ学研の子供向け図鑑「世界の甲虫」(実際にバラバラになった)。いま見ても良い本である。 pic.twitter.com/M0OzCvpQqu
— まめだぬきω@「きらめく甲虫」 (@dantyutei) 2015, 4月 28
「世界一うつくしい昆虫図鑑」のこと
最後に、この件でメレ山メレ子さんのブログを引用したい。
美麗な虫たちの写真集といえば、『世界一うつくしい昆虫図鑑』を思い出す人も多いかもしれない。
実は丸山先生はこの写真集が日本で発売されたとき、ツイッターで若干の苦言を呈していた。オブジェとしての美しさも、もちろん昆虫標本の価値のひとつだ。虫好きでない人にも昆虫の造形の美しさを広める本としては価値がある、しかし昆虫標本の脚や触角を一部もいで撮影されているものがあるのはいただけない…というような内容だったと思う。
コガネムシ、タマムシ、カミキリムシ…昆虫学者渾身の美麗昆虫写真集『きらめく甲虫』 – メレンゲが腐るほど恋したい
メレ子さんの指摘する「世界一うつくしい昆虫図鑑」苦言のくだりは私もリアルタイムで傍観していた。丸山先生にしてはかなり強い口調で非難されてたので非常にハラハラしたのを覚えている。
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その際、丸山先生の口から理想の形が語られることを期待していたのだけれど、これといった説明がないまま話が収束したので少し残念に思っていた。
そんなことも忘れかけてた今年の春先にたまたま幻冬舎の編集さんとお会いする機会があって、たまたま虫の話になったところから丸山先生の担当編集さんでもあることを知った。その時点では確か新刊(=本書)の話は全然なくて「おちさん丸山先生ご存じなんですね~、私も先日お会いしたんですよ-」くらいの話しか出なかったと思う。
でも次の本が「世界一」への解答なんだろうな、とそのとき根拠レスに思った。
その「次の本」がこれだった。
別に予想が当たった自慢をしたいわけじゃない。メレ子さんが同じエピソードをフックしたように、同じようなことを感じたフォロワーはたぶん私の他にもたくさんいるのだ。
この本は多くの人に待たれていた。そして期待は裏切られなかった。
とても奇跡的な出来事なので、ここに記録しておこうと思う。
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【更新履歴等】
2015-07-18 初稿発表
2019-07-11 わかりにくい表現を少し補いました。
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