JAMSTEC(海洋研究開発機構)の高井研先生と、小説「海に降る」の作家 朱野帰子先生によるトークセッションに行ってきました。
そこで登壇した貝類学者Chong Chen氏のスケーリーフットこぼれ話がめちゃくちゃ面白かったのでメモ。
変わった生物好きの間で人気が高いスケーリーフットですけど、正式な学名が付いたのって つい最近(2015.4)のことなんですね。
スケーリーフットとは
スケーリーフットというのは深海の熱水噴出孔周辺に棲息する貝類の一種です。
スケーリーフット(=鱗の足)という名前の由来は、体表をびっしり覆う硫化鉄の鱗を持つことから。和名をウロコフネタマガイと言います。(ちなみに深海属性の人でウロコフネタマガイって呼ぶ人は見たことがないです。)
これまで見た目の違う3種類が確認されていて、見た目や採取地により「黒スケ」「白スケ」「ドラスケ」とあだ名がついてます。
で。
そのスケーリーフットを研究しているChong Chenさんによれば、Wikipediaに書いてあるスケーリーフットの学名は長いこと間違った表記だったのだとか。
あれま。Wikipediaがデタラメなのは今に始まった話じゃないけど、単語レベルでは割とすぐ訂正されるもんだと思ってました。
Wikipediaは嘘ばかり…と嘆く人に伝えたい たった1つの事実
スケーリーフット研究の歴史
スケーリーフットの発見は、学術誌の最高峰であるScience誌を通じて報じられました。そんな著名な雑誌でデビューした生物に長いこと学名がつかなかったなんて意外です。
論文が却下された理由:ページ数が足らなかったから
ちょwww
スケーリーフットの学名 Chrysomallon squamiferum
今や正式に登録されているスケーリーフットの学名は『Chrysomallon squamiferum(クリソマロン・スクァミフェラム)』となっています。
綴りを眺めて「くりそまろん」と呟いてみて、クリサンセマム(=菊)やP.クリソゲヌム(=カビ)のことが思い出されましたよね。
~菌劇場~ もやしもん P・クリソゲヌム |
どっちも学名に Chrys- がつきます。Chryso- ってラテン語で「黄金の」って意味でしたっけ?
いや、待てよ?
…というか、Chrysomallonって1語でギリシャ神話の「Golden fleece(金羊)」のことじゃないですか!? ギリシャ神話で羊と言えば、海を越えて空を翔る黄金のアリエスですよ!!
(゚Д゚){も…元ネタは神話かぁ…
学名が正式に記載される前に誤表記が拡散
荒ぶる厨二心はさておいて、スケーリーフットの生態はナノ金属加工技術などへの応用が期待されています。見た目の面白さと相まって一般人気もジワジワ上昇しておりますね。
なのに最初の論文を書いた当の先生は、新しい研究テーマを見つけてそっちに夢中。
一向に続報の出る気配がないまま、Wikipediaのスケーリーフット項には誤表記であるCrysomallonが「学名」として記載されてしまいました。(2012年)
学名というのは新種を発見すれば好き勝手つけられるものではありません。一定の手順を踏まなければ認められないはずのものが「学名」として広まるのは問題があります。しかもスペルミスだし。
だけど、事情を知っている人ほど修正する権利がないというジレンマですね。
Chen博士と学名記載にまつわる紆余曲折
そんな状況を背景とした学生時代のChen氏、調査航海にてスケーリーフットを大量Getします。分析の結果、スケーリーフットの遺伝情報に関する大きな発見も得られました。
これは名付け親になるチャ~ンス。(๑•̀ㅂ•́)و
生き馬の目を抜く研究者の世界とは言っても、そこには義理と人情がございます。先行論文の研究者に連絡を取り、宙に浮いていた名付け親の権利を譲ってもらえることになりました。
編集長
うーん。研究内容はともかく、スケーリーフットの学名は他の先生が手を付けてる案件だからねぇ…?(눈_눈)
許可はちゃんと貰ってます!><
あれ、そうなの!?
当事者間で話が付いてることを国際学会で説明してもらって論文再提出。すると、解剖図を添付することという但し書きつきで掲載許可が降りました。
おっ、あと一歩ですね!(・∀・)
決め手となった解剖図
しかしChen氏は絵が描けない人でした。
そこで他の先生に作図を依頼、執筆の了承を得ます。あとは絵が上がってくるのを待つだけとなりました。しっかし、この時点で もはや嫌な予感しかしないのは何故でしょう。
案の定、待てど暮らせど解剖図は上がって来ません。
先生~、まだですかぁ?
指導教官
すぐやるから待ってて。
先生…?
すぐやるから。
あのぅ…。
やるから。
他の人に頼んでも良いですか?
それはダメ!
(生き馬の目を抜く研究者の世界で)ラフが上がってくるまでに10ヶ月もかかったとか。何それ泣きそう。
しかしラフだけでは提出できません。打診は更に続きます。
先生、いつ仕上がりますか?
指導教官
ん~、来週かな~。
そろそろどうですか?
だから来週?
あの…
来週!
他の人に頼んでも…?
それはダメ!
Chenさん楽しそうに喋ってるし会場大爆笑でしたけど、当事者になったつもりで聞いてると変な声でますよね…。わたくし学生時代に少しだけ新種探しっぽい研究しておりまして、その頃のトラウマがですね…ウッ。(瀕死)
スケーリーフットにまつわる逸話はこれだけに留まらず、呪いとしか呼べないような怪奇現象がメモしきれないほどありました。中にはスケーリーフットの標本を運ぶ途中で飛行機が墜落しかけたこともあったそうです。(´Д`;)
ともかく解剖図を待ち続けたChen氏の長く辛い日々は、1年数ヶ月の後に終焉の時を迎えました。スケーリーフットの学名はとうとう正式に『Chrysomallon squamiferum(クリソマロン・スクァミフェラム)』と決まったのです。
スケーリーフットが最初に発見されてから既に15年近い年月が経っていました。
The ‘scaly-foot gastropod’: a new genus and species of hydrothermal vent-endemic gastropod (Neomphalina: Peltospiridae) from the Indian Ocean
The heart of a dragon: 3D anatomical reconstruction of the ‘scaly-foot gastropod’ (Mollusca: Gastropoda: Neomphalina) reveals its extraordinary circulatory system | Frontiers in Zoology
スケーリーフットに関する今後の実験計画
そしてスケーリーフットの生態に迫る今後の実験計画も伺ってしまいました。(・∀・)
見た目の色や質感が全然違う3スケですが、遺伝的には全く同じ種であることが判っています。同じ遺伝情報から、なぜ異なる形質が発現するのか。そのメカニズムを、実際のフィールドで確かめようと言うのです。
長期飼育できてないのにどうやって実験するんだろう…と思ったら実験メソッドが斜め上すぎた。
私はプラスティネーション処理されたスケ標本しか触ったことがないのですが、Chenさんや高井先生の実験概要を聞くに「標本から想像しうる生体の構造」と「実際の生体組織」は想像以上に違うらしい…と言う印象を受けました。
お二人ともめっちゃニヤニヤニヤニヤしてたし、実際の成果報告でるのが今から楽しみですね。(´ω`*)
おわりに
深海のアイドルとして高い地位を誇るスケーリーフットですが、どこから切ってもあふれ出るポテンシャルの高さが素晴らしかったです。
Chenさんアウトリーチ初めてって仰ってましたけど、スライドのテンポが良すぎやで。ちなみにChen氏、この業績を元にした口頭発表でプレゼンの賞も取ってます。
Wikipediaを書き換えた手法がやり手
問題となっていたWikipediaの学名欄も、現在は正式表記に修正済。論文が発表された直後に書き換わってるあたり鮮やかです。(Wikipediaは一次資料に基づいた記載をしてはいけないのですが、学術論文を根拠にした場合は第三者による検証が可能な事例となります。)
そういえば「スケーリーフット」で検索するとかなり最初の方に出てくるページがあるんですけど、そこに書いてあった学名もスペルが間違ってましたよね。
どうせWikipediaからコピペしたんでしょう、確かにWikipediaからのデマ拡散はバカになりません。ほんとネットの情報っていい加減なのが多くて困ります。
硫化鉄の鎧をまとうスケーリーフット黒・白・龍スケ触ったよ! – おち研
すいませんすいません。「これ何だろなー」とは思ってたんです。本当に申し訳ございませんでした。:;(∩´﹏`∩);:
オマケの予告
あと今回の話とは別件なんですけど、話題の深海生物ゴエモンコシオリエビに関して少し前にChenさんから素晴らしい知見を預かっているので近いうちに書きたいと思います。
生物学者はどうやって新種を見つけるのか貝類学者に聞いてみた
朱野帰子 vs 高井研「海に降る」のトークバトルに行ってきた
【 更新履歴等 】
2015-09-14 初稿発表
2015-09-15 Chenさんに校正して貰って細かい事実関係直しました。
【Chrysomallon squamiferum via Chong Chen CC BY-SA3.0】
コメントをどうぞ(´ω`*)