海に降る [ 朱野帰子 ] 幻冬舎 【楽天】 / 【Amazon】
ドラマは放映はWOWOWプライムにて |
深海に挑む人々を描いた朱野帰子さんの小説『海に降る』。この秋テレビドラマの放映が予定されて話題になってますが、それに先駆けて発売された文庫本が我が家にも届きました。
舞台となる独立行政法人海洋研究開発機構(通称JAMSTEC)のことを知らなくても楽しめる造りですけど、綿密な取材に基づく精緻な書き込みは「深海世界に親しむ入門書」としても成立するんじゃないでしょうか。
『海に降る』の作中で書かれてることはほとんど現実世界とリンクしてるので、深海に興味持った人は載ってる施設とか資料とか全部追っかけたら良いと思います。参考までに手持ちの素材で主人公達の足跡を簡単に辿ってみました。
JAMSTEC施設案内
建物の位置関係が頭に入ってると脳内カメラワークの再現度が上がるのでオススメです。※ JAMSTECの一般公開で配布された敷地内見取り図を改変しました。
しんかい6500&母船よこすか 外形
『海に降る』の舞台でもある「しんかい6500」と母船「よこすか」。
JAMSTEC一般公開に十年通った私のオススメ&2014レビュー
写真はJAMSTEC所蔵の縮小模型です。しんかい6500の実機(あるいはモック)は横須賀本部の一般公開で見学できますが、だとしても「しんかい6500」と「よこすか」は別々に展示されるので、あえてこのアングルで。(見学できる船は年によって異なります)
『海に降る』深度0メートルより
眞美のピンヒール
ピンヒールでよくあんなに走れる。踵が七センチの場合、つま先にどれくらい圧がかかるものなんだろう
主人公の深雪が同僚の後ろ姿を眺めて思うシーンより。のっけから深海ネタじゃなくてすみません。
とりあえずピンヒールで走ること自体は慣れれば可能です。ヒールの高い靴で過度に踵をカツカツ鳴らすと足と靴の両方を痛めるので、なるべく圧を分散させるのがコツ。
いざというとき安心!フォーマルドレスで女優並に振る舞う3つの方法
次に、つま先にかかる圧について考えます。
ハイヒールで走行するときに体重が掛かる部位は8cm角くらいでしょうか。接地しない部分も含まれることを考えると実効接地面積は50cm2程度でしょうね。
また、ジョギングで足に掛かる衝撃を走行中の自由落下とすると5cmの高さから落とした人体の着地時の時速は3.5Km/hです。(v=√2gh)
このとき踏み込みの継続時間を0.3秒、成人女性の体重を50Kgとすれば ニュートンの法則により 162Kg・m/s2…で、良いのかな?(F = ma = 3500/3600/0.3*50)
さらにKg・m/s2=Nなので、パスカルの法則により求める圧力は324hPa …って、余計に判りにくくなってるのは何でなんだぜ…。:;(∩´﹏`∩);:
とりあえず、つま先には体重3倍ちょっとの衝撃がかかるみたいです。
「ハイヒールつらい!テメーと一緒にすんじゃねーよ!」計算機
かいこう7000II
2003年にビークルの破断事故で探査深度が落ちたものの、依然として世界トップクラスの潜航深度を誇る無人探査機のエースです。
『海に降る』深度200メートルより
横浜研究所
横須賀本部の印象が強いJAMSTECですけど、横浜市金沢区にも関連施設があります。
一般的には「地球シミュレータ」擁する施設と言った方が通じるのかな。かつてスーパーコンピュータのベンチマークテストTOP500で5期連続の世界王者に君臨した計算機です。(今でもそれなりの高性能だし、「2位じゃダメなんですか」の京とは別物。)
メイン舞台の横須賀本部とは同じ沿線で数駅なので、名前の印象ほど離れてはいません。
子供向けのワークショップから大人向けのセミナーまで、折に触れて開催されてます。大人向け講義は「大学の記念講演」っぽいのをイメージして頂ければ良いのでは。中庭にさりげなく潜水艇のバラスト鉄板とか落ち(飾っ?)てて「おぉっ!」てなります。
酸性雨が降ると深海にアルカリ熱水が噴出して縞状鉄鋼床がドン!
参考記事は横浜研究所で開催されたセミナーの一例です。現在進行形の研究報告がいろいろ聞ける上に、一般向け講義なので複雑な亀の子や数式はあんまり出てきません。素人でもやる気さえあれば安心して聴講できます。(´ω`*)
不思議な生態の深海生物色々
深海生物は写真から入ることが多いと思うんですけど、「やだー、キモ~い」じゃなくて「なんでこの形なんだろう、この性質はどういうメリットがあるのかな」って感じで見るのが愛。
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写真で物足りなくなったときのステップアップは水族館もいいけど博物館もオススメです。場合によっては直接触れる標本もあるので得られる情報の質が違います。骨の重厚感から筋力を想像したりとか。
そこで写真に戻ると、また新たな発見があるものですし。
深海生物カードゲーム ミスティクア
深海生物の生態はもちろん、研究者人生についても考えさせられる素晴らしき奇ゲー。 |
深海生物カードゲーム MYSTIQUA ミスティクアがヤバい
顔の彫りが深いオシャレな研究者
近ごろ各所で目にする「研究者行動展示」、JAMSTECの一般公開でもやってます。稼働してるラボが外から見えるようになっていて、研究してるハカセ達の生態が観察できるという大胆な代物。
フィールドの先生方はおおむね気さくなので、初々しい感じで質問に行くと優しく応対して下さると思いますよ。(遠い目)
JAMSTEC一般公開2015行ってきた!そんでやっぱ超臨界水が好き
深海に広がる高圧の世界
深海が過酷である理由のひとつには、ものすごい水圧が掛かると言うことでしょう。
海抜0mのとき1である気圧は、水深10mさがるごとに1ずつ増えていきます。水深6000mだと単純計算で601気圧。1気圧のとき掛かる力は1cm2あたり1Kgなので、水深6000mだとピンヒールで走ったときの200倍にもなりますね。
ちょっと例えが判りにくいと思うので皆さんお馴染みの東京ドームで換算すると、ドーム内外の気圧差が1.03倍であることから求める空気圧は東京ドームの高さk(ry
くろしお号とマリンスノー
本書の底層イメージとも言えるマリンスノー(海中懸濁物)。20世紀半ば「潜水艇くろしお号」の航行により世に知られることとなった現象です。
今や世界共通語であるにもかかわらず、実はマリンスノーの命名者が誰なのかは今ひとつはっきりしてません。
50年程前に日本の研究者が肉眼で観察可能な海中懸濁物について「マリンスノー(Marine snow)… | レファレンス協同データベース
記載上は北大の鈴木昇先生という説が有力ですが、実は「くろしお号」の処女航海には雪の研究者として名高い中谷宇吉郎先生も招かれていました。「くろしお号」の旗振り役は中谷門下生だったのです。
雪は天からの手紙―中谷宇吉郎エッセイ集 |
当然、関係者全員の心には「雪」というキーワードが共有されていたでしょう。その状況で、誰がマリンスノーと言ったかに大きな意味などないとも言える。すなわち「現象は必然である」を貫いた中谷ワールドどんぴしゃの素敵エピソードだと思うのです。
書評合戦ビブリオバトルに参加してきた!深海テーマで選書例あり
…っていうのは朱野先生主催のビブリオバトルで聞いた話ですけど。(受け売り)
『海に降る』 深度500メートルより
横浜市金沢区海の公園
海の公園!
私もちょいちょい来ます。八景島に面した小さな湾ですが、海浜の植生も豊かで確かにいろんな種類の生き物が見つかります。すごく面白い海ですよ。
海に落ちてる青のりを拾って食べる
浜の謎オブジェ「砂茶碗」は潮干狩りの大敵ツメタガイでした!
深雪たちはJAMSTECからの移動に電車使ってますけど、直線距離で言えばJAMSTECの横須賀本部から2Kmくらいです。実在の街が舞台なのにコンパクトにまとまってるの地味にミラクルだと思う。
『海に降る』 深度1000メートルより
しんかい12000と深海調査の社会的意義
現実世界では「しんかい6500」の建造25周年に湧いてますが、だからこそ嘱望されるのが全海底調査を可能にする「しんかい12000」の開発ではないでしょうか。
海の最深部は深度1万mを越えるとは言え、7000mを越える海はせいぜい海洋面積のうち2%程度しかありません。でも1万mを越える海の半分は日本近海にあるし、なにより最深部では地上の物理法則が全く成り立たない世界が潜んでると判ってきてる。
素人目には行けば面白そうだと思うけど、学問の世界もなかなか懐事情が厳しそうです。主人公達の語り口が熱を帯びているのも何となく判る気がするのでした。
おわりに
えーと、正直に告白します。実は今回初めて最後まで通読しました。
『海に降る』の存在を教えてくれたのは、JAMSTECにいる大学の同期です。「今度JAMが舞台の小説が出るよ」って聞いて書店へ検討しに行ったところ、後半で軽くトラウマを刺激される予感がしてそのまま売り場を離れたのが最初でした。
やがて深海勢として朱野先生から何かと声をかけて頂くようになり、「さすがに未読はまずいよなぁ」と店頭で手に取ったり戻したりを繰り返すうちに今に至ってしまいました。
思いきって今回手にして、ストーリーとても良かったです。ただ想像してたシーンはしっかり描かれてたので、やっぱりこのタイミングじゃないと読めなかったと思うのです。
あの夜に見た天の川
はー、深海勢として積年の胸のつかえがようやく取れました。
実写化では主人公達の人間ドラマはもちろん、しんかい6500の実機を使った4K解像度による高精細の深海映像もちょー楽しみ。改めて一読者として放映を楽しみにしてまーす。
(´ω`*){WOWOWで10月からやで
放送はWOWOWプライムにて10/10から毎週土曜よる10:00(全6話)
第1話無料放送とのこと WOWOW_新規申込
朱野帰子 vs 高井研「海に降る」のトークバトルに行ってきた
おまけ
物語の中で近場の街として鎌倉も登場するので、何となく貼っておきます。ちなみに鎌倉の随所で見かける変な模様は「三ツ鱗」と言って北条氏の家紋、ひいては弁天様の紋でもあったりします。
もしかすると鎌倉~江ノ島は箱根と同じように遊べる気がした考察
あと作中の贈答品として鎌倉山のハンバーグギフトがちょいちょい出てくるので、沿線情報としてこちらもなんとなくご紹介。
湘南モノレールを120%楽しむ沿線紹介とオススメ観光プラン
はじめまして!
いつも楽しく拝見させていただいております。
チョコレート/電子レンジのお話はおもしろかったです。
ところで601気圧というのは6000/10+1のことだと思いますが、海水の密度は水よりちょっと高いので実際はもっと高くなるように思います。実際に計算はしていないのですが、
http://yrg.sci.kumamoto-u.ac.jp/lecture/presen/4000m_intro.pdf
には6500mで約680気圧とありました。
液体は圧力がかかってもほととん密度が変化しないとされていますが、これだけ圧力がかかるとそれなりに密度は上がるかもしれません(想像です)
これちゃんと計算したらおもしろそうですが、理科年表にも計算に必要なデータがなくて….
これからの記事にも期待しています (^^)
ちょっと舌足らずだったので補足します。
水深が10m増すごとに約1気圧増加、だから6000mで約600気圧という言い方は別にかまわないと思います。
でも、それに1をプラスするのは有効数字を考えるとあんまり意味がないのかなあ、と思ったもので….
重箱の隅をつつくような話ですみません。
そうなんですよね。有効数字を考えたとき、1を足すかどうかは悩んだのですが、大気をないがしろにするのも忍びない気がして足しました。(^^;
水中の気圧についても言われてみれば確かに気になります。高山や海溝の気圧として用いられる値は大抵海抜と比例しているので、無条件にそう言うものだと思ってました。JAMSTECの論文も基本的に10mで1気圧という感じですし、単純計算でも大きな問題はなさそうです。 http://www.godac.jamstec.go.jp/catalog/data/doc_catalog/media/shiken40-03_06.pdf
…とはいえジオイドの影響で多少の揺れがあるかも知れませんし、機会があったら専門家に伺ってみたいです。ご指摘ありがとうございました。(^^
海水の密度を表す式というのを見つけたので
塩分 35g/kg (一定)
水温 2℃ (一定)
重力加速度 9.80665m/s^2 (一定)
という前提で計算したら6500mで657気圧になりました。
さすがに6500mにもなると水圧で水が圧縮されて密度が上がる影響が出るようです。
ただこれでも資料にあった数値には23気圧も足りないのですが、これは深海で塩濃度が大きくなることが原因のようです。
深海の塩濃度を示す資料が見つからなくて….
深海での塩分濃度は下がりますよね。ブラウン運動考えれば良いと思います。
また水の密度について4000m深度でも1.023 g/cm^3 から 1.028 g/cm^3くらいしか変わらないので、やっぱり単純計算でも大きな誤差はなさそうです。
http://wwwoa.ees.hokudai.ac.jp/~galapen/datab/lec02/phyocean/020417.pdf